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後日談
腕時計を買いに①
しおりを挟む「うーん」
「……どした?」
出勤準備中の俺に、ベッドの中から智弥が寝ぼけた声のまま話しかけてきた。カーテンの隙間から差し込む朝の光を受ける黄金色の髪が、変な方向に跳ね上がっている。そういうところは年下っぽくて、微笑ましい。
「まだ寝てていいよ。昨夜きみは遅かったんだし」
「ん……飯だけ一緒に食う」
ごそごそと起き上がり、見事に鍛え上げられた上半身を晒す。ピアノもギターも体力勝負だし、バイトも力仕事が多いから、なんだかんだで『いつのまにかこうなった』らしいけど……朝っぱらから拝むには目の毒だ。
昨日は智弥も疲れてて、その……イタしてはないけど、『光希の体温感じたい』とかなんとか言われて、え、シャツ脱ぐ必要ある? とか思ってるうちに抱きまくらにされちゃって……オロオロしてたら背中からすぐ寝息が聞こえてきて半分ほっとしたというか。
俺としても求められるのはやぶさかじゃないしむしろ嬉しいんだけど、正直体力が持たないというか……智弥、一回火がつくと際限なくて……平日はちょっと、キツイかも。
やっぱり平日だけでも自分の部屋帰った方がいいかな。家賃ももったいないし。
ふあああ、と盛大な欠伸をすると、智弥は無造作にTシャツを頭から被った。いちいち様になるなあ。
主が起きてくるのを見越していたかのように、台所から炊飯器が任務完了の合図を鳴らした。昨日、疲れた疲れたと言ってたのに、きっちり米は研いでいた。
朝はトーストにハムエッグ、みたいな容姿のくせに、智弥は至って和食派だ。味噌汁だって作ってくれる。……今度、割烹着でもプレゼントしようかな。案外似合うかも。
最近は週の半分以上、智弥ん家でご飯食べてる。俺の食器はもとより、着替えとかスーツとかどんどんこっちに持ち込んでしまってる。山崎にも『今日はどっちに帰るの?』なんてからかわれる始末だ。
これってもう半同棲(ぎゃー)みたいなものなのかも。いやいや、もっとちゃんとケジメ? をつけないと、と自分を戒めるけど、智弥から『今日の晩ご飯は豚肉の冷しゃぶです』とかメッセージ来てると抗えないというか。あ~俺もう胃袋がっつり掴まれてる気がする。
「いただきまーす」
ほかほか炊きたてご飯に湯気の立ち上る味噌汁にだし巻き卵。智弥と付き合うようになって食生活が一変したなあ。どうしよう、俺、健康になっちゃう。
「そういえば、さっきのアレ何だったんだよ」
「アレ?」
味噌汁の具である玉ねぎとじゃがいもを口に運んでから首を傾げる。
「着替えてるとき、なんか考え込んでたろ」
緑茶の入った湯呑みを持ち上げながら智弥が俺を見てくる。――ああ、アレ。
大したことじゃないけどさ、と前置きしてから、
「やっぱり、腕時計ないと不便かなって」
山崎とお揃いの時計はさすがにもう出来なくて。かと言って、すでに腕時計で時間を確認するのが癖になっており、つい何もつけていない左手首を眼前にかざしてしまう。
ふーん、と興味ないような素振りだったのでもうこの話は終わったものと思っていたら、食後に洗い物をしている智弥が唐突に口を開いた。
「時計……買いに行くか? 一緒に」
「え」
一緒にお買い物……。それって、もしかして……デート?
俺、デート初めてなんだけど。え、マジで?
「……別に、嫌ならいいけど」
俺が固まって黙ったままなので、智弥は痺れを切らしたらしい。拗ねたような言い方に俺は慌てて、
「う、うん! 行く。行かせていただきますっ」
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