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21章
21章①
しおりを挟む「はぁ? 一ヶ月?」
「うん……山崎、そう言ってなかった? こっちで新しい支店立ち上げるのに、ちょっとお手伝いしてるだけなんだけど。だからあっちの部屋も借りっぱなしだし」
言ってねえよあのヤロー!
山崎のニヤニヤした顔を想像して、腸が煮えくり返りそうになった。
聴衆の拍手の中、半ば逃げるようにその場を離れて、光希の借りているウィークリーマンションへと案内された。
単身者用の間取りはホテルよりは広いが、長く住むには少し狭い。
ベッドを背もたれにして床に直接座り、コンビニで適当に買った惣菜をローテーブルに広げる。
言っとくけど何もないよ、と威張るように言われ、料理を作るのは諦めた。
「さっきの『悲愴』……すごくここに響いた」
そっと自分の胸に手を当てる。
「……あんたがそんなに泣くとは思わなかったよ」
「うん……なんか……ごめん、うまく言えないや」
少し微笑んでから立ち上がり、キッチンからグラスをふたつ持ってきて、ローテーブルに置いた。
「今回の話受けたのはさ、頭を冷やすにはいい機会だと思ったんだ」
緑茶のペットボトルを開けて、グラスに注いでいく。
「智弥の近くにいて、どんどんきみを好きになってしまうのが……怖かった、から」
「怖い?」
訝しく思って首を傾げると、光希は少しだけ口角を上げた。
「きみは女の子好きになれるんだし。ちゃんと結婚して……いいパパにだってなれる。俺なんかに捕まってる場合じゃないって」
「光希……」
「だからこのままフェードアウトしようかなとは思ってた」
寂しそうに笑う。
「……それで逃げたのかよ」
少なからずショックを受けて、ふてくされたように言う。
「ごめん。まだ気持ちの整理ついてなかったし。……きみはあんなに愛されてる。みんなきみの幸せを願ってる。なのに俺が邪魔しちゃいけないと思ったんだ」
山崎の予想通りの言葉に、付き合いの長さを見せつけられたようで悔しくなる。
「……別に、いい親になるのだけが幸せってわけでもないだろ。少なくともうちなんかいい父親とは言いがたいし」
光希は、顔を上げてくすりと笑った。
「和鷹さんは、繊細なひとなんだよ。バイオリン聴かせてもらったけど……すごくきれいな音色だった」
「……どうせ俺は粗雑だよ」
「違うよ。智弥のは、荒々しくて感情的だけど、なんていうか魅力的で、……すごく、惹きつけられる」
真っ直ぐな視線が智弥を貫く。
「光希……」
そっと手を伸ばして柔らかな髪を撫でてみる。光希はぴくんと体を震わせたが、黙って智弥のなすがままにさせている。
黒目がちな大きな瞳。それを縁取る長くて濃い睫毛。すっと通った鼻筋をたどると、熟れた果実のような、ぷっくりとした唇が半分だけ開かれて白い歯がかいま見えている。顎に手を当て、その唇を親指で軽くなぞると、すうっと頬が赤く色づいた。
――綺麗だ。
きっと、初めて会った日から惹かれていた。そうじゃなきゃ、連れて帰ったりしねぇよな。
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