アマービレ・ブリオーソ・アモローソ amabile,brioso,amoroso.

椎葉ユズル

文字の大きさ
上 下
42 / 56
21章

21章①

しおりを挟む


「はぁ? 一ヶ月?」
「うん……山崎、そう言ってなかった? こっちで新しい支店立ち上げるのに、ちょっとお手伝いしてるだけなんだけど。だからあっちの部屋も借りっぱなしだし」

 言ってねえよあのヤロー!
 山崎のニヤニヤした顔を想像して、腸が煮えくり返りそうになった。

 聴衆の拍手の中、半ば逃げるようにその場を離れて、光希の借りているウィークリーマンションへと案内された。
 単身者用の間取りはホテルよりは広いが、長く住むには少し狭い。
 ベッドを背もたれにして床に直接座り、コンビニで適当に買った惣菜をローテーブルに広げる。
 言っとくけど何もないよ、と威張るように言われ、料理を作るのは諦めた。

「さっきの『悲愴』……すごくここに響いた」

 そっと自分の胸に手を当てる。

「……あんたがそんなに泣くとは思わなかったよ」
「うん……なんか……ごめん、うまく言えないや」

 少し微笑んでから立ち上がり、キッチンからグラスをふたつ持ってきて、ローテーブルに置いた。

「今回の話受けたのはさ、頭を冷やすにはいい機会だと思ったんだ」
 緑茶のペットボトルを開けて、グラスに注いでいく。

「智弥の近くにいて、どんどんきみを好きになってしまうのが……怖かった、から」

「怖い?」

 訝しく思って首を傾げると、光希は少しだけ口角を上げた。

「きみは女の子好きになれるんだし。ちゃんと結婚して……いいパパにだってなれる。俺なんかに捕まってる場合じゃないって」

「光希……」

「だからこのままフェードアウトしようかなとは思ってた」
 寂しそうに笑う。

「……それで逃げたのかよ」

 少なからずショックを受けて、ふてくされたように言う。

「ごめん。まだ気持ちの整理ついてなかったし。……きみはあんなに愛されてる。みんなきみの幸せを願ってる。なのに俺が邪魔しちゃいけないと思ったんだ」

 山崎の予想通りの言葉に、付き合いの長さを見せつけられたようで悔しくなる。

「……別に、いい親になるのだけが幸せってわけでもないだろ。少なくともうちなんかいい父親とは言いがたいし」
 光希は、顔を上げてくすりと笑った。

「和鷹さんは、繊細なひとなんだよ。バイオリン聴かせてもらったけど……すごくきれいな音色だった」
「……どうせ俺は粗雑だよ」
「違うよ。智弥のは、荒々しくて感情的だけど、なんていうか魅力的で、……すごく、惹きつけられる」
 真っ直ぐな視線が智弥を貫く。

「光希……」
 そっと手を伸ばして柔らかな髪を撫でてみる。光希はぴくんと体を震わせたが、黙って智弥のなすがままにさせている。

 黒目がちな大きな瞳。それを縁取る長くて濃い睫毛。すっと通った鼻筋をたどると、熟れた果実のような、ぷっくりとした唇が半分だけ開かれて白い歯がかいま見えている。顎に手を当て、その唇を親指で軽くなぞると、すうっと頬が赤く色づいた。

 ――綺麗だ。
 きっと、初めて会った日から惹かれていた。そうじゃなきゃ、連れて帰ったりしねぇよな。

 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

彼は罰ゲームでおれと付き合った

和泉奏
BL
「全部嘘だったなんて、知りたくなかった」

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

美しき父親の誘惑に、今宵も息子は抗えない

すいかちゃん
BL
大学生の数馬には、人には言えない秘密があった。それは、実の父親から身体の関係を強いられている事だ。次第に心まで父親に取り込まれそうになった数馬は、彼女を作り父親との関係にピリオドを打とうとする。だが、父の誘惑は止まる事はなかった。 実の親子による禁断の関係です。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

営業活動

むちむちボディ
BL
取引先の社長と秘密の関係になる話です。

処理中です...