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20章
20章②
しおりを挟む――光希。
鍵盤に指を置く。目を閉じて、大きな漆黒の瞳を思い浮かべる。
ベートーヴェン、ピアノソナタ『悲愴』第一楽章。
――家族とは絶縁されてるから。
そう言った光希の横顔。伏せた長い睫毛。好きになった男との一度だけの逢瀬。山崎との出会い。結婚式。失恋。
――そして俺と出会った。
激しさから一転、間をおかず穏やかな旋律の第二楽章へと続く。祈るように、歌うように。
俺はあんたを少しでも癒やしてやることができたんだろうか。
悲しみを乗り越えて、第三楽章ヘ。
あんたは、もう見つけてしまったのか。一人で悲しみを乗り越えてしまったのか。それとも俺以外の誰かと……いや。
それでもいい。俺がどんなにあんたを想ってるか。それを伝えたいんだ。
ただ、それだけだ。
俺の、渾身の十七分間。
――出てきやがれ、こんちくしょう!
最後のフォルテシモを鍵盤に叩きつけ、余韻を残しつつ指を鍵盤から離した途端、智弥はわっと歓声に包まれた。
いつの間にか、辺りは人の輪ができていた。
「すっごい! めちゃくちゃ感動した~」
拍手をしながら、ね、と騒音を撒き散らしていた男が背中に向けて話しかけると、少年に支えられる形で、涙で顔をぐしゃぐしゃにした光希がいた。
「柱の影でボロ泣きしてるひと見つけたから連れて来ちゃった」
知り合い? と男が尋ねて来るのに答えず、智弥は光希に走り寄り――抱きしめた。
「――好きだ」
「うん……俺も……智弥が好き」
潤んだ視線が絡み合い思わず顔を近づけようとして、公衆の面前だということにハッと気づいた。
抱きしめていた腕を少し緩めると、光希が軽く息を吐き出して、涙を拭った。
「よかったね。お幸せに!」
ニコニコ極上の笑顔を残し、男が手を振った。隣の少年も少しだけ口元を上げてペコリと会釈してくれた。つられて光希と一緒に頭を下げる。そして男と少年は寄り添って一緒に歩き出した。
「あの二人、恋人同士なのかな」
光希が言う。
「うん……そうかもな」
遠くでひとつの影になってしまった後ろ姿をいつまでも見つめていた。
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