アマービレ・ブリオーソ・アモローソ amabile,brioso,amoroso.

椎葉ユズル

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18章

18章③

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 五年ぶりに入った自室にも、掃除は行き届いていた。
 光希が見たいというので、智弥が恐る恐る開いたドアから続いて入ってくる。

 真ん中にぽっかり空間があるのは、グランドピアノの置いてあった場所だ。高校入学と同時に、今の部屋に引っ越した。そのとき、ピアノも一緒に移動させたのだ。

「ギターはいつからやってるの?」
 ふとした疑問を思いついたように、ピアノの楽譜だらけの本棚を見上げながら光希が尋ねてくる。
「ギターは……正確には四歳か五歳か……」
「はや!」
 光希が目を丸くする。

 ギターは龍生に出会ってから始めた。エマが他界し、悲しみに打ちひしがれた颯が自分も死ぬと言って泣き喚くので、路上で演奏していた龍生に、当時四歳だった智弥が助けを求めたのがきっかけだ。

 その頃には和鷹もふらふら家を出たり入ったりだったので、すでにブランカと颯の家が智弥の家のようなものだった。なのでギターをこの家で弾いたことはないかもしれない。

「……柊吾さんにはびっくりした」
 光希が絨毯の模様を追いかけるように目を伏せたままつぶやいた。
「……俺も」

 普段、めったに表情を変えない柊吾が、和鷹の頬をぺちん、と軽く叩いて
『この莫迦ばか野郎』
 と和鷹の肩で泣き崩れたのだ。

「ええと、まずはエマさんと颯さんが幼馴染でしょ? んで、音大で颯さんと和鷹さんが知り合って……?」
 指折り確認をしている光希の言葉を継ぐように、

「母さんが調律科にいい人がいるって柊吾さん連れてきたらしい。岳大さんは……俺の生まれる前だから詳しくは知らないけど、柊吾さんと会った頃は十代だったって言ってた気がする」

 その頃の話を訊いてみたいが、岳大が複雑な表情を浮かべるのであまり深く訊いたことはない。ただ、『柊吾に会ってなかったら終わってた』といつか話してくれたことがある。あと、何故か『お前のかーちゃんはすげぇヤツだぜ』と肩をばんばん叩かれた。

 考えてみたら、友人の子どもとは言え、いきなり四歳の子の親代わりをする羽目になったのだ。戸惑いや、和鷹に対する怒りがあっても当然だ。

 だが、柊吾も岳大も、智弥に対してそんな素振りは一切見せたことがなかった。普通の親と同じ。悪いことをすれば叱られたし、厳しくも、愛情深く育ててもらったと感じる。――多少の口の悪さはあったが。

「……あのクソ親父になんて言ったんだよ」

 リビングの宴会場からくすねてきた缶ビールを開けながら、仏頂面で尋ねる。光希もソファに腰かけて同じくプルトップに手をかけた。

「智弥はね、エマさんがいなくなったことをいちばん分かち合える相手だよって。エマさんが命をかけて、貴方に遺してくれた、貴方を愛してくれる大事な家族だから。エマさんの宝物は貴方の宝物でもあるでしょって。……だから、ひとりにしないであげてって」

 家族に絶縁され、独りぼっちの光希の言葉だからこそ胸により染みてくる。

「颯さん、智弥を連れて行くか迷ったみたいなんだけど……多分、智弥は行くって言わないだろうから。相談して、和鷹さんを説得することにしたんだ」
「……」
 はああ、と脱力して智弥もソファに座り込んだ。脚に肘をついて顔を埋める。


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