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17章
17章②
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「羽根田、急に休み取るって言ってさ。五日も」
出来たてのカフェラテを山崎の前に至極丁寧に置くと、向こうから口を開いた。
「え……具合悪い、とか?」
「いやいや。なんか遠出するみたいだったよ。何だろうね?」
「……そこは訊いてないのかよ」
「プライベートだしねえ。俺は、ただの同期だし?」
「あんたって――その、あいつのこと……」
カップを持つ左手――薬指に目を止める。明るい昼下がりの陽射しがプラチナのリングに反射して、一瞬智弥の視界を白く遮った。
座れば? と促されて、素直に向かいの席に座った。岳大には後で怒られよう。
「羽根田のことは――尊敬してる。すごく」
きりっとした目元を細めると、目尻に皺が寄った。
「あいつ、見た目はあんな繊細でたおやかな感じだけど、芯はすごく強いから。上司に無理難題吹っかけられても、ぐうの音も言わせない完璧な資料作ってきたり。誰も行きたがらないような取引先行って、すごい好条件で契約取ってきたり。……ほんとすごいよ」
「……あいつが頑張り屋なのは知ってる」
やっかみ半分でつぶやくように言う。そんな智弥を見て、ふふ、と眉を下げた。
「もし家族に会えたら、ちゃんとやってるよって言えるようにって言ってたな」
こいつにそんなことまで話してるのか。
「あんた……あいつのこと、どこまで……」
「そんなに睨まなくても、家族と疎遠だってことしか聞いてないよ。でも」
カップをソーサーに戻して、山崎は正面から智弥の顔を見つめた。
「――羽根田が俺のこと好きなのは知ってた」
「え……」
先程まで晴天だった空に、雲がよぎる。テーブルの上を光と影が交差して過ぎていく。
「知ってたっていうか、なんとなくだけど。そうなのかなって思ってた」
頬杖をついて、窓の向こうの曇り始めた空を仰ぐ。――光希とお揃いの腕時計。あのほっそりした手首には不釣り合いな。
知らず、ギリっと奥歯を噛みしめていた。
智弥の視線に気づいたのか、ああこれ? と男らしい、骨ばった手首を掲げてみせる。
「あのときの羽根田、可愛かったなあ。『偶然だねっ、俺もこのブランド好きなんだ』って言い訳してたけど。あいつ、隠しごと下手だよね」
クスクス笑って、人懐こい笑みを仏頂面の智弥に向けた。
「……っ、でもあんたは既婚者だし、それに……」
敵わない。そう思いながらも、何か言い返したくて、言葉を紡ぐ。だが続ける前に山崎が、そうだね、と真面目な顔になって言った。
「仮に告白されても俺はあいつの気持ちに応えられない。それに……あいつは隠したがってるように見えた。ただの同期のままでいたいなら、俺はその気持ちを尊重したいと思った」
言いたいことは山ほどあるのに、何と返していいか分からない。
「俺は、ずっとあいつの一番の友人でありたいと思ってる」
黙ったまま見つめる智弥に、山崎は極上の笑顔を見せた。
「連絡するんだろ? ……羽根田に伝えてほしい。――俺は、何があってもお前の味方だから。って」
出来たてのカフェラテを山崎の前に至極丁寧に置くと、向こうから口を開いた。
「え……具合悪い、とか?」
「いやいや。なんか遠出するみたいだったよ。何だろうね?」
「……そこは訊いてないのかよ」
「プライベートだしねえ。俺は、ただの同期だし?」
「あんたって――その、あいつのこと……」
カップを持つ左手――薬指に目を止める。明るい昼下がりの陽射しがプラチナのリングに反射して、一瞬智弥の視界を白く遮った。
座れば? と促されて、素直に向かいの席に座った。岳大には後で怒られよう。
「羽根田のことは――尊敬してる。すごく」
きりっとした目元を細めると、目尻に皺が寄った。
「あいつ、見た目はあんな繊細でたおやかな感じだけど、芯はすごく強いから。上司に無理難題吹っかけられても、ぐうの音も言わせない完璧な資料作ってきたり。誰も行きたがらないような取引先行って、すごい好条件で契約取ってきたり。……ほんとすごいよ」
「……あいつが頑張り屋なのは知ってる」
やっかみ半分でつぶやくように言う。そんな智弥を見て、ふふ、と眉を下げた。
「もし家族に会えたら、ちゃんとやってるよって言えるようにって言ってたな」
こいつにそんなことまで話してるのか。
「あんた……あいつのこと、どこまで……」
「そんなに睨まなくても、家族と疎遠だってことしか聞いてないよ。でも」
カップをソーサーに戻して、山崎は正面から智弥の顔を見つめた。
「――羽根田が俺のこと好きなのは知ってた」
「え……」
先程まで晴天だった空に、雲がよぎる。テーブルの上を光と影が交差して過ぎていく。
「知ってたっていうか、なんとなくだけど。そうなのかなって思ってた」
頬杖をついて、窓の向こうの曇り始めた空を仰ぐ。――光希とお揃いの腕時計。あのほっそりした手首には不釣り合いな。
知らず、ギリっと奥歯を噛みしめていた。
智弥の視線に気づいたのか、ああこれ? と男らしい、骨ばった手首を掲げてみせる。
「あのときの羽根田、可愛かったなあ。『偶然だねっ、俺もこのブランド好きなんだ』って言い訳してたけど。あいつ、隠しごと下手だよね」
クスクス笑って、人懐こい笑みを仏頂面の智弥に向けた。
「……っ、でもあんたは既婚者だし、それに……」
敵わない。そう思いながらも、何か言い返したくて、言葉を紡ぐ。だが続ける前に山崎が、そうだね、と真面目な顔になって言った。
「仮に告白されても俺はあいつの気持ちに応えられない。それに……あいつは隠したがってるように見えた。ただの同期のままでいたいなら、俺はその気持ちを尊重したいと思った」
言いたいことは山ほどあるのに、何と返していいか分からない。
「俺は、ずっとあいつの一番の友人でありたいと思ってる」
黙ったまま見つめる智弥に、山崎は極上の笑顔を見せた。
「連絡するんだろ? ……羽根田に伝えてほしい。――俺は、何があってもお前の味方だから。って」
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