アマービレ・ブリオーソ・アモローソ amabile,brioso,amoroso.

椎葉ユズル

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8章

8章②

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「あ、ごめん柊吾さん。そろそろピアノの調律お願いしたいんだけど……どっか空いてる日ある?」

 コーヒー豆の準備をしている問いを投げかけた相手からの返事より先に、手前で買い物リストを作成中のパートナーが声をあげた。

「ふーん、お前最近はギター三昧かと思ってたけど、ちゃんとピアノ弾いてんだな! エライぞ」

 岳大がぐしゃぐしゃと頭をかき混ぜてくるのを邪魔、とスプーンを持ったままの腕で突っぱねる。

「岳大さんが店で弾けって言うから練習してんじゃねえかよ」
「おう、オレのためにがんばれ!」
「はいはい、杏奈あんなママ」
「化粧してないときは岳大さんでいいんだよ!」

 後頭部に手刀が振り下ろされる。せめて食事中はやめてほしい。
 恨みがましく目を上げると、ふと、真面目な顔になって岳大が独り言のように言った。

「……お前はさあ。行かなくてよかったのかよ、ガッコ。行こうと思えば入れたんじゃねえのかよ」
 スプーンでオムライスの表面にかかったケチャップを撫でる。
「どうだろうな。学科で落ちてたかも」

 ピアノを弾くのは嫌いじゃない。だが、それ一本で食べていけるかというと……自信はない。ギターだってそうだ。
 自分には颯のような才能はない。それは幼い頃から身近に見て、しみじみ感じていた。

 ある意味、智弥を出し抜いたかつてのバンド仲間の方がプロになるという意識は高かったかもしれない。もしかしたら、そういう智弥を見透かしてメンバーから外した可能性もある。

 ――結局は逃げているだけなのか。夢中になれることもない。ただ、淡々と日々を過ごすだけだ。


 カラン、とドアに取り付けたベルが鳴って来客を告げた。

「いらっしゃい!」
 と岳大が寿司屋のごとく威勢のいい声をかける。智弥は慌ててオムライスをかきこんだ。

「あの……席、どこでもいいですか?」

 聞いたことのある声に、思わずガタンと椅子を蹴って立ち上がった。

「あれ、智弥!?」

 大きな目を瞠った光希と、その後ろには――先日、彼が熱い視線を注いでいた相手――山崎が寄り添うように立っていた。

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