アマービレ・ブリオーソ・アモローソ amabile,brioso,amoroso.

椎葉ユズル

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7章

7章②

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 ――会えるわけないと思っていたのに。

 ベンジャミンを設置して、ひと息ついて腰を上げたとき。真っすぐな通路のその先に。

 スーツ姿で、書類を腕に抱えている光希の姿を認めた時、智弥は胸が高鳴るのを感じた。
 光希はすぐ隣に立つ背の高い男に笑いかけている。その左手の薬指には真新しそうな指輪。

 ぴん、と来た。――こいつが山崎か。

 じわり、と腹の底で何かがうごめいた気がした。
 山崎が鞄を手にT字路の向こうへと消えていくのをじっと見つめている。その横顔を智弥は身動きひとつせず、眺めていた。

 あんな、嬉しそうな顔してたらモロバレだよ。

 ふん、と鼻息を荒くして帽子をとり髪をかき上げた。

 と、光希が気配を感じたのか、こちらに顔を向けた。

 目を丸くして、口を「あ」の形に開いて、たたたた、と小走りに近寄ってくる。

「智弥? なに、どしたのこんなとこで」
「……バイトだよ」
 と、顎で植木鉢を指し示す。

「すごい偶然! もしかしてずっと来てた?」
「いや……今日はたまたま呼ばれて……」
「それで会えるなんてすごいね、俺たち」

 にっこりと邪気のない笑顔を向けられる。智弥はふいっと目を逸らしてしまった。

「……今のヤツだろ」
「え?」
「山崎ってヤツ。あいつだろ」
「あ、ああ……うん、そう。――同期なんだ」

 きまり悪そうに光希が下を向く。
「……ふうん」

 軍手をした自らの両手に目をやる。視界に磨き上げられた光希の革靴が入ってきて、思わず植木の状態を確認するかのように顔を背け、拳をぐっと握り込んだ。

「お待たせ。成瀬、次行こうぜ」
 智弥と同じくツナギ姿の社員が声をかけてくると、光希がはっとしたように顔を上げた。
「あっ、仕事中だよね。邪魔してごめんっ」

 じゃあまた、と軽く手を振って光希が歩き出したので、智弥も帽子を被り直し、背中を向けた。

 ――畜生。

 何に対してか自分でも分からなかったが、腹の底にわだかまりを残したまま、作業に戻った。
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