アマービレ・ブリオーソ・アモローソ amabile,brioso,amoroso.

椎葉ユズル

文字の大きさ
上 下
5 / 56
3章

3章②

しおりを挟む

 名刺を確認しつつ、目の前にそびえるビルを見上げる。
「でか……」
 本当にあの光希がここで働いているのだろうか。かなりぼんやりしてそうだったが。
 ガラス張りのエントランスの正面にある受付カウンターへと向かう。歩くたびに踵の高い黒革のブーツが音をたてる。

「あのー」
「いらっしゃいませ」
 受付嬢がにこやかに微笑みかける。智弥の格好を見ても全く動揺しないのは流石だ。
「この人に会いたいんすけど」
 両手で受け取った光希の名刺を眺め、少々お待ちくださいませ、とまたにっこり笑みを浮かべた。

 手持ち無沙汰になり、広い空間をひととおり眺めて柱のそばにあった一人がけのソファに腰を下ろす。
 高い天井を見上げると、冬の西陽がちょうど差し込んできており、サングラス越しにも眩しいくらいだ。
 
 やがてエレベーターホールからこの静寂な空間にふさわしくない、慌ただしい足音が聞こえて来た。と思うとスーツ姿の光希がすごい勢いでエントランスに駆け込んできた。
 立ち上がった智弥を見つけると、光希は走ってきた勢いのまま、智弥の腕を掴んでぐいぐい引っ張って行く。
「お、おい……」
「――いいから、こっち」

 ホールの端まで連れていかれ、柱の陰になったところで光希が止まった。
「成瀬くん……もうなんでそんなカッコしてんのっ」
「いやだって、今日はそういう日だから」
「そんな、バナナフィッシュに最適な日みたいに言われても」
 そっちが何言ってんのか分かんねえ。

「……分かった。もう来ねえし、もう会わねえから。――悪かったな迷惑かけて」
 名刺入れを乱暴に光希に押しつけて、踵を返す。
「あっ」
 そこでようやく、光希は智弥の来訪の意味を理解したようだった。

「あ、ちょっと……」
「――じゃあな。お元気で」
 ちらりと振り返ると、光希は自分の名刺入れを両手で掴んだまま、金魚のように口をぱくぱくさせていた。
 もう会うこともない、と思うとなぜか胸がチリ、と痛んだ。

 真冬の冷たい風が髪をなぶっていく。街路樹から落ちた枯れ葉が、石畳の上でくるくると輪を描いた。
 智弥は肩を竦め、今夜の会場へと歩きはじめようとし、そこでぴたりと足を止めた。

 ……そういえば、あいつもよく俺だってすぐ分かったな。

 颯と違い、先日初めて会ったばかりなのに。
 少し鼓動が早まるのを覚え、智弥は首から下げている派手なネックレスをぎゅっと握りしめた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

彼は罰ゲームでおれと付き合った

和泉奏
BL
「全部嘘だったなんて、知りたくなかった」

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

美しき父親の誘惑に、今宵も息子は抗えない

すいかちゃん
BL
大学生の数馬には、人には言えない秘密があった。それは、実の父親から身体の関係を強いられている事だ。次第に心まで父親に取り込まれそうになった数馬は、彼女を作り父親との関係にピリオドを打とうとする。だが、父の誘惑は止まる事はなかった。 実の親子による禁断の関係です。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

営業活動

むちむちボディ
BL
取引先の社長と秘密の関係になる話です。

処理中です...