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3章
3章②
しおりを挟む名刺を確認しつつ、目の前にそびえるビルを見上げる。
「でか……」
本当にあの光希がここで働いているのだろうか。かなりぼんやりしてそうだったが。
ガラス張りのエントランスの正面にある受付カウンターへと向かう。歩くたびに踵の高い黒革のブーツが音をたてる。
「あのー」
「いらっしゃいませ」
受付嬢がにこやかに微笑みかける。智弥の格好を見ても全く動揺しないのは流石だ。
「この人に会いたいんすけど」
両手で受け取った光希の名刺を眺め、少々お待ちくださいませ、とまたにっこり笑みを浮かべた。
手持ち無沙汰になり、広い空間をひととおり眺めて柱のそばにあった一人がけのソファに腰を下ろす。
高い天井を見上げると、冬の西陽がちょうど差し込んできており、サングラス越しにも眩しいくらいだ。
やがてエレベーターホールからこの静寂な空間にふさわしくない、慌ただしい足音が聞こえて来た。と思うとスーツ姿の光希がすごい勢いでエントランスに駆け込んできた。
立ち上がった智弥を見つけると、光希は走ってきた勢いのまま、智弥の腕を掴んでぐいぐい引っ張って行く。
「お、おい……」
「――いいから、こっち」
ホールの端まで連れていかれ、柱の陰になったところで光希が止まった。
「成瀬くん……もうなんでそんなカッコしてんのっ」
「いやだって、今日はそういう日だから」
「そんな、バナナフィッシュに最適な日みたいに言われても」
そっちが何言ってんのか分かんねえ。
「……分かった。もう来ねえし、もう会わねえから。――悪かったな迷惑かけて」
名刺入れを乱暴に光希に押しつけて、踵を返す。
「あっ」
そこでようやく、光希は智弥の来訪の意味を理解したようだった。
「あ、ちょっと……」
「――じゃあな。お元気で」
ちらりと振り返ると、光希は自分の名刺入れを両手で掴んだまま、金魚のように口をぱくぱくさせていた。
もう会うこともない、と思うとなぜか胸がチリ、と痛んだ。
真冬の冷たい風が髪をなぶっていく。街路樹から落ちた枯れ葉が、石畳の上でくるくると輪を描いた。
智弥は肩を竦め、今夜の会場へと歩きはじめようとし、そこでぴたりと足を止めた。
……そういえば、あいつもよく俺だってすぐ分かったな。
颯と違い、先日初めて会ったばかりなのに。
少し鼓動が早まるのを覚え、智弥は首から下げている派手なネックレスをぎゅっと握りしめた。
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