アマービレ・ブリオーソ・アモローソ amabile,brioso,amoroso.

椎葉ユズル

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9章

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 冬の午後の太陽が、栗皮色に染められた木枠の窓を通して店内に光をもたらす。その光が智弥の手にしているトレイに乗ったグラスの中の水を反射して、指を白く染め抜いた。

「でもホントびっくりした。偶然入ったカフェで智弥が働いてるなんて」
「……そうだな」

 驚きの表情を惜しげもなく満面に浮かべ、嬉々として智弥を見上げてくる光希の視線を頬に受けながら、なるべく意識して静かにグラスをふたつ置いた。

 ふと、そのテーブルに乗せられた二組の腕の、それぞれの左手首に巻かれている腕時計が目に入った。

 心の中で大きくため息をつく。……なんでそんな分かりやすくお揃いの時計なんてしてるんだ。

 ありがとう、と笑顔で智弥を見上げ、山崎が光希に問う。

「羽根田、どういう知り合い?」

 キリッとした太い眉。二重の切れ長の瞳は凛々しく男らしいのに、笑うと目尻に皺が寄って、人懐こい表情をみせる。背も180を越える智弥よりさらに少し高かった。

「あ、えっと……ちょっと酔っ払ったときに、介抱してくれて。それから友達になった」

 ちょっとどころじゃねえだろ。大トラだっただろ!

 心の中で毒づいて、でも顔にはおくびにも出さずに「そうなんです」とにっこり笑ってみせる。

 そんな智弥の心の声が聞こえたのか、光希が眉を寄せて心配そうな表情を見せてくる。

 ……そんな顔しなくてもこいつにはバラさねえから安心しやがれ。

「そ、それにしてもいろんなバイトしてるんだね! こないだは植木屋さんだったしっ」
「ああ……まあ」

 そこへドアが開き、別の客が姿を現す。また岳大の声が狭い店内に響き渡った。

「あ、仕事中だよね。引き止めちゃってごめん」
 先日と同じく智弥のことを考えての言葉だと思うのだが、今日はどこかで山崎との時間を邪魔してほしくない、という風にも聞こえた。

「……ごゆっくりどうぞ」

 定型文のような台詞を棒読みで投げつけて席を離れる。そんな智弥をしばらく見つめていたようだが、やがて向かいの山崎が「羽根田、今日の新規顧客なんだけど」と話しかけてきたので、その視線は智弥から逸らされた。

 カウンターからこちらを向いている光希の顔を眺める。仕事の話をしているはずなのに、その表情は花がこぼれるようにうっとりと、正面の顔を見つめている。

 あんな顔してたらバレバレだっつーの。吹っ切れたとか言ってたのはどこのどいつだ。まだあんなに好きなんじゃねえかよ。

 もう一組のオーダーの、柊吾手作りミルフィーユを慎重にカットしながら、ふんっと荒い鼻息をもらすと、ケーキの上にまぶしてある粉砂糖が鼻に入り、むせてしまった。慌てて顔をケーキから逸らす。

「智弥、風邪ならレッドカード出すぞ!」
「違う違う」

 岳大が睨んでくるのを手を横に振って否定した。


 

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