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8章
8章①
しおりを挟む「智弥、テメエさっきオーダー順番間違っただろ。ぼーっとしてんじゃねえよ」
厨房で皿洗いをしていた智弥に、カウンターからずかずかと足音も荒く入ってきた岳大が腰に手を当てて睨み上げてきた。
「……へえへえ。すんません」
「かっわいくねえなあ。そんな風に育てた覚えはねえぞ」
ハスキーなかすれ声で吠えるように智弥を叱るのは、昔から同じだ。一応成人した身だが、育ての親ともいうべき岳大には頭が上がらない。
ふと洗剤まみれの手を止めて、三年ほど前から見下ろす角度になってしまった岳大のほっそりした身体を足先から頭のてっぺんまでしげしげと眺める。
「……な、なんだよ」
「岳大さんは変わんないよな。もう四十なのに」
「歳のことを言うんじゃねえ!」
膝裏に思いきり蹴りを入れられて、シンク下で膝頭を強打した。反撃したかったが、泡だらけの手ではここから動くこともままならない。
音がカウンターにまで届いたのか、ここ喫茶店「ブランカ」のマスターである仁科柊吾がちらっと顔をのぞかせた。顔は無表情のままだ。
物心ついたころから柊吾を知っているが、彼の感情を読み取るのは至極難しい。
「ごめん、柊吾。――智弥のヤロウ、最近腑抜けてやがる」
カウンターに戻っていく岳大の後ろ姿を眺めて、智弥はまた目の前の皿の山へと視線を戻した。とりあえず、これを片付けてしまわねば。
柊吾は智弥の両親と大学時代からの友人だ。バンドの助っ人や、他のバイトが入っていないときなどはたいていここで働かせてもらっている。最近は柊吾に代わり、食事メニューを請負うこともある。
小さい頃からここに入り浸っているせいか、智弥にとっては第二の我が家のようなものだ。……実家にはここ何年も足を踏み入れてないので、特にそう感じるのかもしれない。
家にほとんどいない父親の代わりに、智弥の世話をしてくれたのはもっぱら柊吾と岳大だった。授業参観や運動会など、保護者が参加する行事は二人のうちどちらかが必ず来てくれた。
ようやくシンクが空になり、すっきりした気分に浸る。タイミングよく柊吾が顔を出して、
「まかない、できてるよ」
と、やはり無表情のまま小声で独り言のように言う。
カウンター裏に設えた丸椅子に腰掛け、まだほわほわと湯気の立つオムライスを前に「いただきます」と手を合わせた。
柊吾と岳大は戸籍上は親子になる。養子縁組という言葉はあとから知った。
恋人同士なんだよ、と言われていたのでそうなのか、とただ思っていた。男同士ということも特に疑問を持つこともなかった。
――それが世間からは少しずれていることなのだと気づいたのは中学生の頃だったろうか。
だがそれを知ったからと言って、二人に対する感情に波風が立つこともなかった。ただ、周りの友人などにはむやみに話さない方がいいということを学んだ。
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