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39.すべて失っても
しおりを挟むラーディンに連れられて王宮の門まで行くと、手回しよくヤグーが一頭、準備されていた。
『あのー、俺たぶん、一人でヤグーに乗れると思うんですが』
『ああ、今回は一頭しか準備しなかった。急にもう一頭と言われたら、騎獣係が困るだろうな。……が、どうしてもとおまえが言うなら、もちろんもう一頭、ヤグーを用意させよう』
どうする? と目顔で問われ、俺はしぶしぶラーディンと二人乗りすることにした。
なんか体よく言いくるめられたような気もするが、今回はしかたない。古文書のためだ。
王宮からまっすぐ、朝市が立っていた広場とは反対方向に、大通りを進んでいく。遠くからでも、祈りの塔と呼ばれる建造物の、黄金の丸屋根がよく見えた。
こちらは屋台などでごった返していた広場とは違い、白壁造りの住宅街になっていた。
『……もうすぐ祈りの時間なのでしょうか? これ、白檀の香りですよね』
『ああ、覚えていたのか』
後ろに座るラーディンが、俺のつむじ辺りに口づけを落とし、ささやいた。
『われわれの婚儀の日は、白檀ではなく乳香と没薬の香りに国中が包まれる。……祈りの塔では婚儀を祝福する祈りが捧げられ、パルダン王国全土が歓喜に沸くだろう』
な、なんかそう言われると、事の大きさに改めて緊張してしまう。
バルミラ王妃一派の粛清の後、ヤシル王はほぼお飾りの王となり、ラーディンが実質的な統治者として采配をふるっている。俺は、その配偶者になるのか……。正直、荷が重いんですけど。
祈りの塔とは、金色に輝く丸屋根をいただいた建物と、その周囲にいくつか配置された尖塔などの、建造物全体を指したもののようだった。
ヤグーを下り、ラーディンに連れられて正門をくぐると、すぐに白いトーブに金色の領巾を垂らした神官が奥からすっ飛んできた。
『こ、これは殿下、わざわざのお運び、誠に恐悦至極に存じます。本日はどのようなご用向きでこちらに』
『ああ、気にせずともよい』
ラーディンは片手を上げ、鷹揚な態度で言った。
『今日はわが伴侶に婚儀の場を案内しに来ただけだ。……ああ、そうだ、塔には、女神に関する古文書が納められていたはずだな。それを見せてもらいたい』
神官は首をかしげた。
『は、それは構いませぬが……。古文書を研究している神官が、あいにく本日、休みをいただいておりまして、わたくしでは満足にご説明できぬかと思いますが』
『それは大丈夫だ。……わが伴侶、アンスフェルムが古文書に興味を持っているようでな。わが伴侶は西域語を能くし、その歴史にも造詣が深い。説明がなくとも問題ないだろう』
ラーディンの言葉に、神官はなぜか感動したような目を俺に向けた。
『おお……、さようでありましたか。殿下のご伴侶が、わが神殿に納められた古文書に興味をお持ちとは、なんと名誉なことでありましょう。お待ちください、すぐにご用意してすべて王宮に運ばせます』
『そうか。よろしく頼む』
え……、そんな大ごとにしなくても。
とは思ったけど、王宮でじっくり読めるのはありがたいかもしれない。
『ありがとう。お手数をかけます』
神官にお礼を言うと、おお……! と感極まったように神官がその場にひざまずき、祈りはじめてしまった。これ、どうすれば、とおたおたしてラーディンを見たが、ラーディンはまったく気にせず、俺を抱き寄せるとそのまま神官を置き去りにして歩きはじめてしまった。
『え、あの、なんか神官が祈ってますけど、放っておいていいんですか?』
『気にする必要はない。神官長はしょっちゅう祈っている。それが仕事で、日常なのだ』
え。あの人、神官長だったの!? そんな偉い人、置き去りにして大丈夫なのか。
まあ、ラーディンは実質、この国のトップな訳だから、大丈夫なのかもしれないけど。
ラーディンは歩きながら俺に顔を寄せ、ささやいた。
『……昔、私は祈る意味を知らなかった。祈りなど弱者のするものと思っていた。欲しいものがあれば、神に祈らずとも、己の力で手に入れればよい、と。……だが、おまえを探し国境に馬を走らせた時、初めて私は祈る者の心を知った。おまえに何かあれば……、一度は私の命で助けられるだろう。だが、次はない。私の力の及ばぬ場所にいるおまえを案じ、気も狂わんばかりだった』
気づくと、四方を石柱に囲まれた大きな広間の前に立っていた。ここが婚儀を挙げる場所なんだろうか。石柱の並びに沿って水路が敷かれており、涼しげな水音が聞こえる。
『アンスフェルム。……アン』
抱きしめられ、吐息のように名前を呼ばれ、俺もラーディンの背中に手を回した。
『あの時、私は初めて、心から神に祈った。おまえの身の安全と幸せだけが、私の望みだ。それが叶えられれば、何もいらない。引き換えに、私の命も魂も……、何もかもすべて、失ってもかまわぬ』
『そ、……そんなの、ダメですよ』
俺は小さく言った。
『ラーディンの……、ラジーの命も魂も、ぜんぶ……、お、俺のものじゃないですか。ぜんぶ失ってもなんて、そんなこと言わないでください。俺はラジーのぜんぶが大切です。何一つ、失いたくない』
『アン』
顎をつかまれ、顔を上向かされた。やや性急に口づけられたが、俺は抵抗せずに受け入れた。
……こんな風に誰かに心を奪われる未来が待っているなんて、思いもしなかった。
何度も時間をさかのぼり、やり直し、ただ生き延びられれば、平穏な人生を歩めればそれでいいとしか思っていなかったのに。
でも今は、たとえ平穏でなくとも、どんなに危険でも、ラーディンとともにある未来以外は欲しくない。
俺も、ただラーディンがいればいい。そばにラーディンがいてくれれば、それだけできっと俺は、幸せだろう。
『……愛しています、ラジー』
口づけの合間にラーディンに告げると、俺は背伸びして、自分からラーディンに口づけたのだった。
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