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31.迎え
しおりを挟むアデリナ妃とファルザリ侯爵の声に、俺は慌てて塔から離れた。
でも、どこに身を隠せばいい?
門には兵が守りを固めているだろうから、俺一人ではそれを突破するのは無理だ。しかし、ナシブ伯爵らはこの離宮に明るくない。彼らが現れるであろう門の場所から、あまり離れないほうがいい。
俺は考えた末、翼塔から少し離れた、庭園との境に植えられた木に目を留めた。
……ここに隠れて、ナシブ伯爵らの到着を待つか。
俺はするすると木に登りはじめた。スラム時代に培った技が、こんなところで役に立つとは。
枝ぶりもよく、下から見ても俺の姿はわからないだろう。一時しのぎにしかならないが、とにかく今は時間を稼ぎたい。
しばらくすると、周囲が騒がしくなってきた。
兵たちが走り回り、怒号が飛び交っている。俺は身を縮め、木の下を窺った。
「囚人はまだ離宮から出てはいないはずだ! しらみつぶしに探せ!」
指揮官らしき男の言葉に、俺は顔をしかめた。俺、いつの間に囚人になったんだよ。罪状はなんだ。
木の上で下の様子を窺っていると、門のほうが騒がしくなった。悲鳴や剣戟の音が聞こえてくる。
ひょっとして、と首を伸ばして門のほうを見ると、兵たちを蹴散らし、馬に乗ったナシブ伯爵らが猛然とこちらに向かって来るのがわかった。
『アンスフェルム様!』
ナシブ伯爵が叫んだ。
『アンスフェルム様、お迎えにまいりました!』
俺は驚いて木から落ちそうになった。
ナシブ伯爵、まったく迷うことなく俺の登った木を目がけて馬を走らせてるんだけど、なんで俺がここにいるってわかったんだ!?
いや、それはともかく、
『わたしはここです!』
俺は隠れていた枝から身を乗りだすようにして、ナシブ伯爵らに向かって叫んだ。
『ここにおります!』
ナシブ伯爵は、ほっとした表情で俺を見上げた。ファルザリ侯爵の兵士たちが、こちらに向かってくるナシブ伯爵らを押しとどめようとしているが、熊獣人の一振りに二、三人まとめて吹っ飛ばされている。すごい力だ。
『アンスフェルム様、飛び降りてください!』
ナシブ伯爵は、木の真下まで来ると俺に向かって叫んだ。
いや、飛び降りろって言われても、と俺は一瞬、固まった。
俺は獣人ほど身体能力が優れていない。こんな高いところから飛び降りたら、間違いなくどこか怪我をする。だが、
『大丈夫です、この者が受け止めます!』
あの熊の獣人が、足で馬を操りつつ、両腕を広げて俺を見上げた。
それでも一瞬、ためらったが、門からだけでなく離宮からも兵が駆けつけてくるのを見て、俺は覚悟を決めた。今は逃げるのが先だ。迷っている時間はない。
怪我したらごめん、と心の内でラーディンに謝りながら、俺は熊の獣人目がけて木から飛び降りた。
『アンスフェルム様、ご無事ですか? お怪我は?』
『……だ、だいじょうぶ、です。怪我もありません』
抱きとめられる時、ゴツッと衝撃が走ったが、どこかを痛めた感覚はない。たぶん、ラーディンも大丈夫……だと思いたい。ただでさえ、窓から飛び降りた時の怪我を代わりに負わせてしまっているのだ、この上ラーディンに負担をかけたくない。
『ご命令を、アンスフェルム様』
ナシブ伯爵の声に、俺ははっとした。
『ナシブ伯、まずは離宮から脱出しなければなりません。強行突破になりますが、一気に門を抜けてください!』
『仰せの通りに!』
獣人の戦闘能力は人間のそれをはるかに上回る。離宮からの脱出は何とかなるだろう。……が、その後が問題だ。
ファルザリ侯爵とロルフ様の父親、クロース公爵は手を結んでいる。俺を離宮の翼塔に監禁した時点で、国境にも私兵を配置しているだろう。
だが、そう伝えてもナシブ伯爵は少しも怯んだ様子を見せなかった。ファルザリ侯爵の私兵と剣を交えながら、笑って言う。
『お任せください。アンスフェルム様は、我らが王子の唯一の伴侶。獣人の誇りにかけて、無事にパルダン王国へお連れいたします!』
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