三度目の人生は冷酷な獣人王子と結婚することになりましたが、なぜか溺愛されています

倉本縞

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30.脱出

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「アンスフェルム様、ご無事ですか!?」
 誰かの焦ったような声に、俺は呻きながら寝台から体を起こした。

 頭が痛い。割れそうだ。
 寝台から降りようとして、俺はめまいを起こして床に倒れ込んだ。

「アンスフェルム様!」
 これは、侍従の声だ。
 ということは、俺は『巻き戻り』に成功したのか。

 俺は痛む頭を押さえ、周囲を見回した。
 場所が離宮の翼塔だとわかり、俺はふたたび呻いた。
 なんとか時間を遡ることに成功したが、戻れたのはほんの一刻だった。すぐに動かないと、アデリナ妃たちがここにやって来てしまうだろう。

「わたしは……、無事です」
 俺はひび割れた声で、なんとかそう口にした。
「アンスフェルム様」
「それから、エアハルト様が神聖帝国にいらっしゃるのも、わかっています」

 俺の言葉に、扉の向こうで息を呑むような気配がした。
「なぜそれを」
「エアハルト様がご無事でよかった。……わたしのことは、心配いりません。おまえはすぐ、エアハルト様の許へ戻りなさい。ただし」
 俺は床に座り込んだまま、はっきりと言った。

「けっして、隠し通路を使って戻ってはなりません。……今しばらく、塔に身を潜めていなさい。すぐに騒動が起きるでしょう。そうすれば、誰にも見咎められずにここから去ることができます」
「アンスフェルム様、それは……」
「いいですね」
 有無を言わせず侍従に告げると、俺はふらつきながらもなんとか立ち上がった。
 急がないと、アデリナ妃たちがやって来てしまう。
「さあ、早く行きなさい!」
 もう一度強く言うと、扉の向こうから侍従の気配が消えた。

 俺は窓の下まで椅子を引きずって持ってくると、その上に立った。
 周囲を確認し、門のほうに目をこらしたが、誰かがやって来る様子はない。まだナシブ伯爵らは王宮に留め置かれているのだろうか。
 だが、もう待っている時間はない。

 俺は首飾りの魔石を確かめた。あと一つ、石は残っている。これだけで足りるだろうか。
 魔石から慎重に力を抜き出し、全身に巡らせる。魔力をほぼ使い果たしていた状態だったため、それだけで体がラクになるのがわかった。

 俺は空中に魔法陣を描き、体を巡りはじめた魔力を、ふたたび放出した。
『水の刃!』
 とたん、魔法陣から現れた水が無数の刃に姿を変え、はめ殺しの窓に向かって飛んで行った。

 ほんとは『水の槍』を使いたかったが、魔力の余裕がない。魔術が消え、俺はボロボロになった窓枠に手をかけた。数回揺さぶると、なんとか窓の面格子を外すことができた。ここまではいい。だが……。

 俺は首を伸ばし、こわごわと窓の下を覗き込んだ。
 この高さ、わかってたけど三階建ての王宮より、さらに高い……。
 落ちたら普通に死ぬ。

 俺は、残された魔石のかけらに目を落とした。
 これだけでは、魔術を使えてもあと一回きり、それも低級の魔術に限られるだろう。
 何を使えば……、と途方に暮れていると、ガチャガチャと乱暴に扉の鍵を開けられる音がした。

 迷っている時間はない、ここから逃げないと!

 俺は覚悟を決めて、窓枠に体を乗り上げた。周囲を見回しても、やっぱり飛び移れそうな木は見当たらなかった。でも、やるしかない!

 俺は思いきり窓枠を蹴り、窓の外に身を躍らせた。
 一瞬の浮遊感の後、凄まじい勢いで落下していく。俺は魔石のかけらを握りしめ、もう片方の手の平を地面に向けて言った。

『水の盾!』

 握りしめた魔石のかけらがするりと溶け、消える感触がした。
 ぐんぐんと目の前に迫る地面に、俺は思わず目をつぶった。
 衝撃に身構えると、一瞬、ふわっと体が浮くような感覚があった。次いで、全身を地面に叩きつけられる。

「……う……」
 俺は痛みに呻きながら、目を開けた。
 体中が砕けたかと思うほどの衝撃だったが、死なずに済んだ。『水の盾』は、一応、発動したらしい。
 痛みに顔をしかめながらなんとか体を起こしたところで、俺は異変に気がついた。

 全身を覆う痛みが、潮が引くように消えてゆくのだ。魔力切れのだるさはそのままだが、地面に体を打ちつけた打撲の痛みは、跡形もない。
 俺は驚き、次いで真っ青になった。

 マズい。これって、俺の代わりにラーディンが怪我したってことじゃないか?
 どうしよう、ごめん。いま無事だろうか。もし戦っていたりしたらどうしよう。

 その時、塔の上からわめき声が聞こえた。
「あの男はどこに逃げたの!?」
「窓だ、窓が壊されている! あそこから奴は逃げたのだ、探せ!」


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