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29.もう一度だけ
しおりを挟む「これはこれは」
俺は、部屋に現れた人物に、わざとらしくお辞儀をした。
「アデリナ妃殿下、ファルザリ侯爵閣下、ご機嫌うるわしゅう。このような場所へわざわざ足をお運びいただき、幸甚の至りにございます」
お辞儀をしながら、俺は内心、驚いていた。
まさかアデリナ妃本人が来るとは思わなかった。しかもファルザリ侯爵まで一緒に。……これは、かなりマズい状況かもしれない。彼らが単身、この翼塔にくるはずはないから、扉の向こうには護衛がぞろぞろいるだろう。魔術防御のアイテムも身に着けているだろうし、この二人を攻撃しても魔力の無駄遣いにしかならない。
しかし、エアハルト様の無事が確認できた今、怖いものなどない。俺が大人しく殺されると思ったら、大間違いだ。
暴れるだけ暴れたら、とっとと逃げてやろう。
どう逃走経路を確保するか、俺が頭の中で素早く計算していると、
「下賤な人間が」
アデリナ妃が、蔑みを込めた眼差しを俺に向けて言った。
「わたくしに直接、声をかけるなんて、思い上がりもはなはだしい。おまえは本来、わたくしを見ることすら許されぬ、卑しい身分の人間なのよ」
俺は腕組みし、アデリナ妃とファルザリ侯爵を見た。
「さようでございますか。……卑しい身分と言われましたが、わたしはエルガー王国において、王族の身分を与えられておりますが」
「ふざけないで! 卑しい平民の血を引きながら、思い上がりもはなはだしい! 王族ですって!? バカバカしい!」
アデリナ妃が激昂して言った。
「初めから、おまえなど殺しておけばよかったのよ! そうすればこんな問題も起きなかったのに!」
ファルザリ侯爵が、アデリナ妃の肩を押さえた。
「落ち着け、アデリナ。……間違いは、今からでも正せる」
侯爵の低い声に、俺は顔をしかめた。
こいつら、俺を殺す気満々だな。
しかし俺だって、そう簡単にやられたりはしない。ていうか、俺が死んだら代わりにラーディンが死んじゃうから、何がなんでも死ぬわけにはいかない。
時間を稼げば、ナシブ伯爵らもここに到着するだろうから、それまでの辛抱だ。
そう、思っていたのだが、
「さて、アンスフェルム殿。そなたは下賤の者にしては、なかなかの魔術を使うと聞き及んでいる。だが、魔術を使い、われらを攻撃すればどうなるか――」
ファルザリ侯爵が扉の外に「連れてこい」と声をかけると、兵士の一人が、ぐったりと意識を失った状態の人間を引きずり、部屋に入ってきた。
それを見て、俺はあやうく悲鳴を上げそうになった。
兵士に引きずられて部屋に入ってきたのは、エアハルト様の侍従だったのだ。
「先ほど、隠し通路で偶然、こやつを見つけてな」
ファルザリ侯爵は残忍そうな笑みを浮かべ、俺を見た。
「さあ、どうする、アンスフェルム殿。この者を助けたいなら」
「その者は先王陛下の侍従です! 陛下のご命令で、ただわたしの安否をたしかめに来ただけです!」
「エアハルト様の」
アデリナ妃が憎々しげに顔を歪めた。
「先王陛下のせいで、この下賤な人間を殺すことができなかったのよ。あのお方が何かにつけて邪魔をして……、この卑しい平民のために!」
俺は鼻白み、喚きたてるアデリナ妃を見つめた。
生まれとか身分とか、本人の責任じゃないことを責められても、どうしようもないと思うんだが。
誠実でもなければ頼りにもならない夫を持ったアデリナ妃には同情するが、こういう考え方は、やっぱり俺とは相容れない。
ムカムカする気持ちを抑え、俺はアデリナ妃とファルザリ侯爵の前にひざまずいた。
「……どうぞ侍従を解放してやってください。そうすれば、あなた方の言う通りにいたします」
言いながら俺は、すっと床を手でなぞった。
できるだろうか。
いや、やるしかない。俺のために危険を冒してくれた侍従を救い、また、俺に命を預けてくれたラーディンを死なせないためにも、絶対に成功させなければ。
「そう、わたくしたちの言う通りにするというのなら、まずは床に額づいてみせなさい」
俺はアデリナ妃の命じる通りにしながら、そっと服の上から魔石の首飾りを探った。
簡易陣は描き終えた。後は、俺の体が持つかどうか。
「おまえなど、生まれてきたことが間違いだったのよ」
アデリナ妃にガッと頭を踏まれ、床に擦りつけられる。俺は痛みに呻きながら魔力を開放し、『時間』の魔術を発動させた。
「何!?」
簡易陣がまばゆい光を放つ。
ファルザリ侯爵の慌てたような声が聞こえた。
俺は、体を巡る魔力すべてを簡易陣に注ぎ、足りなくなれば、ラーディンが俺に贈ってくれた首飾りから魔力を注ぎつづけた。首飾りを握りしめた手の中で、大きな魔石が溶けるように次々と消えてゆくのがわかる。
頼むから持ちこたえてくれ。もう一度だけ、どうか。
俺は全身を切り刻まれるような痛みに耐えながら、再び『巻き戻り』の魔術を使ったのだった。
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