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27.囚われの身
しおりを挟む思った通り、離宮に入れたのは俺一人だった。
ご病気であるエアハルト陛下を慮って、と言われてしまえば、従うほかない。
ナシブ伯爵らは、心配そうにしながらも、俺の言葉通りに離宮を後にした。
「さて」
俺は馬を門番に預けると、アデリナ妃の甥に向き直った。
「……エアハルト陛下はどちらに? 目的はわたしでしょう、陛下に何かあれば、さすがにアーサー様も黙っておられないと思いますが?」
俺の言葉に、アデリナ妃の甥はぴくりと眉を上げた。アデリナ妃によく似た、美しいが険のある顔立ちが皮肉げに歪む。
「……なるほど。わかっておいでなら、話が早い。では、大人しくついてきていただきましょう」
その言葉とともに、離宮から兵士が数人、現れて俺を取り囲んだ。
俺は顔をしかめた。
ここまで堂々と離宮にファルザリ侯爵家の私兵を配置しているとは、想像以上になりふり構っていない様子だ。まさか本当にエアハルト様に何かしてはいないだろうな。
「エアハルト陛下のご様子は? ご無事なのでしょうね?」
「この期におよんで他人の心配ですか。のんきなお方だ」
ふん、とバカにしたように笑われ、足を蹴られた。
「さっさとお進みください。エアハルト様の御身を気遣うなら、大人しく従われることだ」
この野郎、と思ったが、エアハルト様に何かされるわけにはいかない。俺は黙って、兵士たちに引っ立てられるまま、離宮の中に入った。
連れていかれたのは、ふだん俺の起居していたエリアではなく、離宮の脇に建てられた翼塔だった。
ここって身分ある罪人を幽閉する塔では……。俺、罪人扱いなのかよ、とゲンナリしながら塔の階段を昇ってゆく。
息切れしはじめた頃、ようやく兵士が「ここに入っていろ」と重そうな鉄製のドアを開け、俺を部屋の中に放り込んだ。ほんっと乱暴だな!
転がるように部屋に入ると、後ろでガシャンと鍵の閉まる音がした。
「しばらくここにいてもらいます。大人しくしていることですね」
部屋の外から掛けられた声に、俺は大声を上げた。
「待て! エアハルト様は!? ご無事なのか!?」
「あなたが大人しくしていれば、ご無事でしょう。……逃げようなどとは考えぬことです」
冷たい声とともに、足音が遠ざかっていく。
少なくとも、今すぐ俺を殺すつもりはないようだ。
こちらとしても、エアハルト様の無事を確かめるまでは動きがとれないし、今はとにかく辛抱するしかない。
俺はため息をつき、部屋をうろうろと歩き回った。
ここは、罪人とはいえ高貴な身分の人間を収監する場所だから、調度類もさほど粗末なものではない。水差しと机と椅子、それに寝台と、最低限の家具は置いてある。
明り取りのため、高い位置にはめ殺しの窓も一つだけある。
俺は窓際まで椅子を引きずっていき、その上に立って外の様子を確かめた。
窓の大きさは十分だ。格子状の柵がつけられているが、それほどの強度はない。俺の魔術でも壊せるだろう。が、外壁には伝って降りられるような突起物が何も見当たらない。どうしたものか。
少し考えた後、俺は頭を振って窓から離れた。
ともかく、まずは体力回復だ。エアハルト様の無事を確認し、さらには無事にここから脱出するためにも、魔力体力最高値の状態で臨まないと。
俺は水差しから少し水を飲むと、体を投げ出すように寝台に横たわり、目を閉じた。
眠れる気はしなかったが、少しでも体を休ませないといけない。
だが閉じた目裏に、何故かラーディンの姿がチラついた。
一月ほど会っていないだけで、目を閉じるとその姿が浮かんでくるって、これ、相当マズくないか。
俺はため息をつき、ぎゅっと目をつぶった。
今はラーディンのことを考えてる余裕なんかない。アデリナ妃とファルザリ侯爵が何をたくらんでいるのか、そっちに集中しないと。
そう思うのに、なかなかラーディンの面影が消えず、俺は寝苦しい夜を過ごした。
翌日、寝不足の目を擦っていると、
「アンスフェルム様!」
扉の外から慌てたような声がかけられ、俺は寝台から跳ね起きた。
この声は、エアハルト様の侍従のものだ。
「アンスフェルム様、ご無事ですか!?」
侍従の切羽詰まったような問いかけに、俺は慌てて答えた。
「わたしは何ともありません、どうしてここに? エアハルト様はどちらにいらっしゃるのです? ご無事なのですか?」
「エアハルト様はご無事です、陛下は今、神聖帝国にいらっしゃいます!」
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侍従の悔しそうな声が聞こえた。
「ともかく、陛下はご無事です! アンスフェルム様、お逃げください、アデリナ妃とファルザリ侯爵が、あなた様のお命を狙っております!」
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