三度目の人生は冷酷な獣人王子と結婚することになりましたが、なぜか溺愛されています

倉本縞

文字の大きさ
上 下
26 / 39

26.思惑

しおりを挟む
 パルダン王国を出発して二十日後、俺とナシブ伯爵らの一行はエルガー王国に到着した。通常なら一月はかかるから、だいぶ強行軍で来たことになるが、へろへろなのは俺だけで、ナシブ伯爵らはまだ余裕がありそうだ。

『ナシブ伯は文官とお聞きしましたが、ラーディン殿下の許で戦われることもあるのですか? だいぶ鍛えておいでのようですが』
 俺は馬に乗ったまま、少し後ろをついてくるナシブ伯爵を振り返って言った。
 ナシブ伯爵は俺の隣に馬を並べ、まんざらでもなさそうな表情で言った。
『いやあ、わたしなどまだまだです。わたしは犬族なので、素早さや持久力を買われ、殿下の許で働かせてもらっておりますが、荒事となるとどうしても力が劣りますから。その分は、あの熊獣人の部下に任せておりますがね』

 ナシブ伯爵の視線の先を追うと、ラーディンと比べても遜色ないほど大柄な獣人の姿があった。あれが熊獣人か……、たしかに大きい。

『ナシブ伯、おそらく離宮に入れるのはわたし一人で、ナシブ伯らは王宮で足止めされるでしょう』
『……なにか問題でもあるのですか?』
 ナシブ伯爵が眉をひそめ、言った。
『われらはラーディン殿下から、伴侶であるアンスフェルム様をくれぐれもお守りせよとご命令を受けております。アンスフェルム様をお一人にするわけには……』
『ええ、それは存じております』

 俺は頷き、考えながら言った。
『これは推測を出ませんが……、おそらくエアハルト陛下は、いま現在、離宮にはいらっしゃいません』
『なんと』
 ナシブ伯爵は驚いた表情で俺を見た。

『どういうことです、先王陛下が離宮にいらっしゃらないとは』
『今回のエアハルト陛下のご不例については、王宮から知らせが届きました。離宮からではありません。……しかし、本来なら陛下に何かあれば、陛下付きの侍従が真っ先にわたしに知らせてくれるはずです。しかし、今回それはありませんでした』
 今回の王宮からの知らせは、どこかおかしい。何かが不自然だ。

『……それならば、離宮へ向かうのは危険では』
 ナシブ伯爵が顔をしかめ、言った。
『罠とわかっていながら、みすみすアンスフェルム様を行かせたとあっては、後でラーディン殿下からどのようなお咎めを受けるか』
『殿下には……、わたしから説明します。今は、エアハルト陛下の安全を確認することが一番です。それまではパルダン王国へ戻れません』

 俺をおびき寄せるためにエアハルト様を囮に使ったのだとしても、仮にも先王陛下に手出しをするとは考えづらいが、それでも万が一ということがある。俺がそう言うと、
『いったい、誰がそのようなことを。どうしてアンスフェルム様をエルガー王国へ呼び戻す必要が?』
 ナシブ伯爵が眉をひそめて言った。
『アンスフェルム様は、ラーディン殿下が心臓の誓いを捧げたお方です。もしアンスフェルム様に何事かあれば、パルダン王国とエルガー王国の同盟は破棄され、最悪、戦争となるかもしれません。それなのに、なぜ』
 ナシブ伯爵になんと言えばいいか、俺は考えた。

 エルガー王国は、そもそも最初からパルダン王国との同盟を守るつもりなどない。
 だから同盟を軽く見ているのは想定内だが、わからないのは、なぜ俺をエルガー王国へ呼び戻そうとしているかだ。

 俺がエルガー王国にいないほうが、アデリナ妃やファルザリ侯爵家にとっても都合がいいはずだ。
 後ろ盾のない庶子とはいえ、俺がアーサー王の長子だという事実は変わらない。エルガー王国にいれば、王太子に担ぎ上げられる可能性も皆無ではないだろう。しかし、外国の王子の伴侶として国を出てしまえば、さすがにそうした企みもなくなる。それなのに、なぜ?

 アデリナ妃とファルザリ侯爵家が、俺を殺そうとしているなら、これらの事由の説明がつく。
 パルダン王国にいては、暗殺者を送り込むのもままならない。だから自国に呼び戻し、確実に殺そうとした。これが一番、可能性が高い。

 しかし、その理由がわからない。
 なぜ今になって、俺を殺そうとするのか。
 たしかに昔、アデリナ妃に子がいなかった頃は、俺は何度も命を狙われた。しかし、五年前にめでたく男子を得たアデリナ妃は、それからふっつりと俺に暗殺者を仕向けることはなくなった。嫌われてはいるものの、それだけだ。
 それなのに、なぜ今さら。


『アンスフェルム様、到着しました』
 ナシブ伯爵の声に、俺の物思いは打ち切られた。日は落ちかけ、空は淡い黄金色に染まっている。
 目の前には、見慣れた離宮の門があった。
 早馬で帰国を知らせてはいるが、こちらも強行軍で来ている。知らせとほぼ同時の帰国で、離宮も準備ができていないのだろう。慌てた様子で門番が走り出て来る。

 門番の後ろから現れた人物に、俺は目を細めた。
 あれは王の主馬頭を務める、ファルザリ侯爵家のご令息だ。アデリナ妃の甥にあたり、宮廷では絶大な権力を握っている。
 やはり、と俺はぐっと拳を握り、ナシブ伯爵を振り返った。

『ナシブ伯、この後、伯らは王宮へ行くようにと指示されるでしょう。王宮で足止めされるかもしれませんですが、なんとか隙をみて、離宮にいらしていただけますか? ……ひょっとしたら、ナシブ伯の苦手とする荒事となってしまうかもしれませんが』
『仰せの通りに』
 ナシブ伯は胸に手を当て、うやうやしく俺に頭を下げた。

『ラーディン殿下からは、アンスフェルム様を主と思ってお仕えせよと申し付けられております。――今のわたしの主は、アンスフェルム様お一人。どうぞ何なりと、このナシブにお命じくださいませ』

しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

【完結】元魔王、今世では想い人を愛で倒したい!

N2O
BL
元魔王×元勇者一行の魔法使い 拗らせてる人と、猫かぶってる人のはなし。 Special thanks illustration by ろ(x(旧Twitter) @OwfSHqfs9P56560) ※独自設定です。 ※視点が変わる場合には、タイトルに◎を付けます。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

【旧作】美貌の冒険者は、憧れの騎士の側にいたい

市川パナ
BL
優美な憧れの騎士のようになりたい。けれどいつも魔法が暴走してしまう。 魔法を制御する銀のペンダントを着けてもらったけれど、それでもコントロールできない。 そんな日々の中、勇者と名乗る少年が現れて――。 不器用な美貌の冒険者と、麗しい騎士から始まるお話。 旧タイトル「銀色ペンダントを離さない」です。 第3話から急展開していきます。

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜

N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。 表紙絵 ⇨元素 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定、ご都合主義です。 ※ハーレム要素を予定しています。

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!

時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」 すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。 王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。 発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。 国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。 後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。 ――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか? 容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。 怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手? 今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。 急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…? 過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。 ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!? 負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。 ------------------------------------------------------------------- 主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。

騎士団で一目惚れをした話

菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公 憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。

処理中です...