三度目の人生は冷酷な獣人王子と結婚することになりましたが、なぜか溺愛されています

倉本縞

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22.父親

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「……そうか。おまえには『時間』という魔力属性があったのか」
「そうですけど。……なんで驚かないんですか? 俺が言うのもなんですけど、だいぶ荒唐無稽な話だって思いません?」

 部屋から人払いした俺は、ラーディンに、自分の魔力属性について打ち明けた。
 疑われるんじゃないかって心配だったけど、それは杞憂だった。ラーディンはあっさり俺の話を受け入れてしまったのだ。

 『時間』は、エルガー王国の王族に稀に発現する魔力属性ではあるが、それはほとんど伝説に近い。実際、百年以上も『時間』の魔力属性を持った人間は現れていないのだ。なのに、なんでこんなにあっさり信じてくれるんだろう。

 ラーディンは俺の肩に腕をまわし、ぴったりと密着して長椅子に腰かけている。その状態で、ラーディンは俺の顔を至近距離から見つめ、言った。
「……以前から、おかしいと思ったことが何度もあった。おまえは、妙にパルダン王国について詳しい。まるで、何度もこの国を訪れたことでもあるかのように。……例えば八花茶だが、これはパルダン王国以外の国には流通していない。だが、おまえはこの茶を知っていた。一口飲んだだけで、名前まで言い当てただろう」

 あっ、と思って俺はラーディンを見た。
 国境を越える時、ラーディンからもらったお茶。あの時か!

「エルガー王国を訪れた時、私はわざと西域語を使った。そうすることで、エルガー王国の貴族どもが、遠慮なくその心奥を明かすだろうと考えたからだ。……思惑どおり、貴族どもは獣人への嫌悪、無理解をさらけ出していた。そこでわかったことだが、エルガー王国の貴族は、王族も含め、誰一人としてパルダン王国を訪れた者はいない。つまり、今回の使節団が初めての来訪ということになる」

 ああー、それであの時、ラーディンはあまり大陸語を話さなかったのか……。
 まあ、そもそもパルダン王国って閉鎖的だからね。お忍びでこっそり訪れようとしても、かなり難しいだろうけど。
「おまえはパルダン王国に詳しすぎる。獣人に対する考え方も、王族としては異端だ。……なぜなのだろうと、ずっと不思議に思っていた。『時間』という魔力属性ゆえに、何度もこの国を訪れていたのなら、合点がいく」
 だが、とラーディンは続けて言った。

「なぜ、それほど貴重な魔力属性を持っていることを、秘密にしたのだ? 対外的に暗殺の危険を恐れて、という理由ばかりではあるまい。おまえが『時間』の魔力属性を持っていることは、先王と神官長しか知らぬのだろう? なぜ現王や王妃にまで隠したのだ?」

 言われると思った。
 俺は長椅子から立ち上がり、部屋の奥に積み上げた荷物の中から、小さな肖像画を取り出した。
 念のため、エルガー王国から持ってきたものだが、まさか本当にこれを使う時がやってくるとは。

「……この肖像画をご覧になってください」
 ラーディンは首をかしげ、俺に渡された肖像画を眺めた。
「美しい女性だな。おまえにそっくりだ。……以前、おまえが話していた母君の肖像画か?」
「いいえ。これは、先王エアハルト陛下の妃、リリアナ様を描いたものです」
 ラーディンは眉根を寄せ、俺を見た。
「先王の妃? しかし……」
「ええ、リリアナ様はお体が弱く、お一人しかお子に恵まれませんでした」

 俺は息を吸い込み、吐き出すように言った。
「エアハルト様とリリアナ様のただ一人のお子である、エルガー王国の現王、アーサー陛下。……俺の本当の父親は、エアハルト様ではなく、アーサー様なのです」

 俺の父親がアーサー王だという事実は、エルガー王国の貴族たちの間では公然の秘密であり、知らない人間のほうが少ないくらいだろう。だが、それを自分の口から言うのは、あまりいい気分ではなかった。俺は、自分の父親はエアハルト様一人だと思っているから、アーサー様が父親だって口にするだけで、心がざわついてイヤな気持ちになる。

「アーサー様は、アデリナ妃とそのご実家のファルザリ侯爵家に配慮し、俺をエアハルト様の庶子としました。……当時、アデリナ妃にはお子がいらっしゃらなかったので、俺の存在が明らかになれば、王太子として担ぎ上げようとする輩が出ないとも限らない。そしてエアハルト様は、アデリナ妃が俺をどのように扱うか、わかっていらっしゃいました」

 離宮で俺はエアハルト様に守ってもらったが、それでもアデリナ様に子どもが生まれるまで、俺は何度も命を狙われた。この上、俺に貴重な魔力属性『時間』があると知られれば、俺は生涯、アデリナ妃から命を狙われつづけることになっただろう。
 たとえアデリナ妃に子どもが生まれようがどうしようが、『時間』の魔力属性を持つ俺を、次代の王に、という声はどこかから必ず上がっただろう。それほど『時間』という魔力属性は珍しく、貴重なものなのだ。

 しかし、こう言ってはなんだが、俺はアデリナ妃の気持ちがわかるような気がする。
 アデリナ妃は、アーサー王に幼い頃から恋心を抱いていたと聞く。長年の片恋がついに報われ、愛しい人と結ばれたと思ったら、相手は平民のメイドとすでに子をもうけていたのだ。……失望と怒りが、俺に対する殺意となっても無理はない。その殺意を向けられるほうはたまったもんじゃないが。

 そう言うと、ラーディンは目を見張った。
「おまえは、幼い頃からアデリナ妃から命を狙われていたのに、恨んでいないと言うのか」
 俺は少し、考えた。
 恨むと言うなら……。
「こう言ってはなんですが、問題はアーサー王にあると思ってます。陛下が俺をエアハルト様の庶子としたのは、しかたのないことです。しかし、そもそも陛下が俺の母親に、たわむれに手をつけたりしなければ……、あるいは、母親と俺をきちんと守ってくれていれば、こんな事にはならなかったはずですから。アデリナ妃も、ある意味、被害者だと思っています」

 でも、パルダン王国に来てまで暗殺者を差し向けられたのは、さすがに閉口するっていうか、……正直、ちょっと困惑している。なんで今になって、また暗殺者を送り込んできたんだ。そんなに俺を憎んでいるのか。

 だが、そう言うと、ラーディンはちょっと気まずそうな顔になった。
「いや、それは違うのだ。……すまない、アンスフェルム」
 ラーディンは俺をぎゅっと抱きしめ、言った。

「あの暗殺者は、エルガー王国が雇った者ではない。あれは、パルダン王国側の手の者だ」

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