22 / 39
22.父親
しおりを挟む
「……そうか。おまえには『時間』という魔力属性があったのか」
「そうですけど。……なんで驚かないんですか? 俺が言うのもなんですけど、だいぶ荒唐無稽な話だって思いません?」
部屋から人払いした俺は、ラーディンに、自分の魔力属性について打ち明けた。
疑われるんじゃないかって心配だったけど、それは杞憂だった。ラーディンはあっさり俺の話を受け入れてしまったのだ。
『時間』は、エルガー王国の王族に稀に発現する魔力属性ではあるが、それはほとんど伝説に近い。実際、百年以上も『時間』の魔力属性を持った人間は現れていないのだ。なのに、なんでこんなにあっさり信じてくれるんだろう。
ラーディンは俺の肩に腕をまわし、ぴったりと密着して長椅子に腰かけている。その状態で、ラーディンは俺の顔を至近距離から見つめ、言った。
「……以前から、おかしいと思ったことが何度もあった。おまえは、妙にパルダン王国について詳しい。まるで、何度もこの国を訪れたことでもあるかのように。……例えば八花茶だが、これはパルダン王国以外の国には流通していない。だが、おまえはこの茶を知っていた。一口飲んだだけで、名前まで言い当てただろう」
あっ、と思って俺はラーディンを見た。
国境を越える時、ラーディンからもらったお茶。あの時か!
「エルガー王国を訪れた時、私はわざと西域語を使った。そうすることで、エルガー王国の貴族どもが、遠慮なくその心奥を明かすだろうと考えたからだ。……思惑どおり、貴族どもは獣人への嫌悪、無理解をさらけ出していた。そこでわかったことだが、エルガー王国の貴族は、王族も含め、誰一人としてパルダン王国を訪れた者はいない。つまり、今回の使節団が初めての来訪ということになる」
ああー、それであの時、ラーディンはあまり大陸語を話さなかったのか……。
まあ、そもそもパルダン王国って閉鎖的だからね。お忍びでこっそり訪れようとしても、かなり難しいだろうけど。
「おまえはパルダン王国に詳しすぎる。獣人に対する考え方も、王族としては異端だ。……なぜなのだろうと、ずっと不思議に思っていた。『時間』という魔力属性ゆえに、何度もこの国を訪れていたのなら、合点がいく」
だが、とラーディンは続けて言った。
「なぜ、それほど貴重な魔力属性を持っていることを、秘密にしたのだ? 対外的に暗殺の危険を恐れて、という理由ばかりではあるまい。おまえが『時間』の魔力属性を持っていることは、先王と神官長しか知らぬのだろう? なぜ現王や王妃にまで隠したのだ?」
言われると思った。
俺は長椅子から立ち上がり、部屋の奥に積み上げた荷物の中から、小さな肖像画を取り出した。
念のため、エルガー王国から持ってきたものだが、まさか本当にこれを使う時がやってくるとは。
「……この肖像画をご覧になってください」
ラーディンは首をかしげ、俺に渡された肖像画を眺めた。
「美しい女性だな。おまえにそっくりだ。……以前、おまえが話していた母君の肖像画か?」
「いいえ。これは、先王エアハルト陛下の妃、リリアナ様を描いたものです」
ラーディンは眉根を寄せ、俺を見た。
「先王の妃? しかし……」
「ええ、リリアナ様はお体が弱く、お一人しかお子に恵まれませんでした」
俺は息を吸い込み、吐き出すように言った。
「エアハルト様とリリアナ様のただ一人のお子である、エルガー王国の現王、アーサー陛下。……俺の本当の父親は、エアハルト様ではなく、アーサー様なのです」
俺の父親がアーサー王だという事実は、エルガー王国の貴族たちの間では公然の秘密であり、知らない人間のほうが少ないくらいだろう。だが、それを自分の口から言うのは、あまりいい気分ではなかった。俺は、自分の父親はエアハルト様一人だと思っているから、アーサー様が父親だって口にするだけで、心がざわついてイヤな気持ちになる。
「アーサー様は、アデリナ妃とそのご実家のファルザリ侯爵家に配慮し、俺をエアハルト様の庶子としました。……当時、アデリナ妃にはお子がいらっしゃらなかったので、俺の存在が明らかになれば、王太子として担ぎ上げようとする輩が出ないとも限らない。そしてエアハルト様は、アデリナ妃が俺をどのように扱うか、わかっていらっしゃいました」
離宮で俺はエアハルト様に守ってもらったが、それでもアデリナ様に子どもが生まれるまで、俺は何度も命を狙われた。この上、俺に貴重な魔力属性『時間』があると知られれば、俺は生涯、アデリナ妃から命を狙われつづけることになっただろう。
たとえアデリナ妃に子どもが生まれようがどうしようが、『時間』の魔力属性を持つ俺を、次代の王に、という声はどこかから必ず上がっただろう。それほど『時間』という魔力属性は珍しく、貴重なものなのだ。
しかし、こう言ってはなんだが、俺はアデリナ妃の気持ちがわかるような気がする。
アデリナ妃は、アーサー王に幼い頃から恋心を抱いていたと聞く。長年の片恋がついに報われ、愛しい人と結ばれたと思ったら、相手は平民のメイドとすでに子をもうけていたのだ。……失望と怒りが、俺に対する殺意となっても無理はない。その殺意を向けられるほうはたまったもんじゃないが。
そう言うと、ラーディンは目を見張った。
「おまえは、幼い頃からアデリナ妃から命を狙われていたのに、恨んでいないと言うのか」
俺は少し、考えた。
恨むと言うなら……。
「こう言ってはなんですが、問題はアーサー王にあると思ってます。陛下が俺をエアハルト様の庶子としたのは、しかたのないことです。しかし、そもそも陛下が俺の母親に、たわむれに手をつけたりしなければ……、あるいは、母親と俺をきちんと守ってくれていれば、こんな事にはならなかったはずですから。アデリナ妃も、ある意味、被害者だと思っています」
でも、パルダン王国に来てまで暗殺者を差し向けられたのは、さすがに閉口するっていうか、……正直、ちょっと困惑している。なんで今になって、また暗殺者を送り込んできたんだ。そんなに俺を憎んでいるのか。
だが、そう言うと、ラーディンはちょっと気まずそうな顔になった。
「いや、それは違うのだ。……すまない、アンスフェルム」
ラーディンは俺をぎゅっと抱きしめ、言った。
「あの暗殺者は、エルガー王国が雇った者ではない。あれは、パルダン王国側の手の者だ」
「そうですけど。……なんで驚かないんですか? 俺が言うのもなんですけど、だいぶ荒唐無稽な話だって思いません?」
部屋から人払いした俺は、ラーディンに、自分の魔力属性について打ち明けた。
疑われるんじゃないかって心配だったけど、それは杞憂だった。ラーディンはあっさり俺の話を受け入れてしまったのだ。
『時間』は、エルガー王国の王族に稀に発現する魔力属性ではあるが、それはほとんど伝説に近い。実際、百年以上も『時間』の魔力属性を持った人間は現れていないのだ。なのに、なんでこんなにあっさり信じてくれるんだろう。
ラーディンは俺の肩に腕をまわし、ぴったりと密着して長椅子に腰かけている。その状態で、ラーディンは俺の顔を至近距離から見つめ、言った。
「……以前から、おかしいと思ったことが何度もあった。おまえは、妙にパルダン王国について詳しい。まるで、何度もこの国を訪れたことでもあるかのように。……例えば八花茶だが、これはパルダン王国以外の国には流通していない。だが、おまえはこの茶を知っていた。一口飲んだだけで、名前まで言い当てただろう」
あっ、と思って俺はラーディンを見た。
国境を越える時、ラーディンからもらったお茶。あの時か!
「エルガー王国を訪れた時、私はわざと西域語を使った。そうすることで、エルガー王国の貴族どもが、遠慮なくその心奥を明かすだろうと考えたからだ。……思惑どおり、貴族どもは獣人への嫌悪、無理解をさらけ出していた。そこでわかったことだが、エルガー王国の貴族は、王族も含め、誰一人としてパルダン王国を訪れた者はいない。つまり、今回の使節団が初めての来訪ということになる」
ああー、それであの時、ラーディンはあまり大陸語を話さなかったのか……。
まあ、そもそもパルダン王国って閉鎖的だからね。お忍びでこっそり訪れようとしても、かなり難しいだろうけど。
「おまえはパルダン王国に詳しすぎる。獣人に対する考え方も、王族としては異端だ。……なぜなのだろうと、ずっと不思議に思っていた。『時間』という魔力属性ゆえに、何度もこの国を訪れていたのなら、合点がいく」
だが、とラーディンは続けて言った。
「なぜ、それほど貴重な魔力属性を持っていることを、秘密にしたのだ? 対外的に暗殺の危険を恐れて、という理由ばかりではあるまい。おまえが『時間』の魔力属性を持っていることは、先王と神官長しか知らぬのだろう? なぜ現王や王妃にまで隠したのだ?」
言われると思った。
俺は長椅子から立ち上がり、部屋の奥に積み上げた荷物の中から、小さな肖像画を取り出した。
念のため、エルガー王国から持ってきたものだが、まさか本当にこれを使う時がやってくるとは。
「……この肖像画をご覧になってください」
ラーディンは首をかしげ、俺に渡された肖像画を眺めた。
「美しい女性だな。おまえにそっくりだ。……以前、おまえが話していた母君の肖像画か?」
「いいえ。これは、先王エアハルト陛下の妃、リリアナ様を描いたものです」
ラーディンは眉根を寄せ、俺を見た。
「先王の妃? しかし……」
「ええ、リリアナ様はお体が弱く、お一人しかお子に恵まれませんでした」
俺は息を吸い込み、吐き出すように言った。
「エアハルト様とリリアナ様のただ一人のお子である、エルガー王国の現王、アーサー陛下。……俺の本当の父親は、エアハルト様ではなく、アーサー様なのです」
俺の父親がアーサー王だという事実は、エルガー王国の貴族たちの間では公然の秘密であり、知らない人間のほうが少ないくらいだろう。だが、それを自分の口から言うのは、あまりいい気分ではなかった。俺は、自分の父親はエアハルト様一人だと思っているから、アーサー様が父親だって口にするだけで、心がざわついてイヤな気持ちになる。
「アーサー様は、アデリナ妃とそのご実家のファルザリ侯爵家に配慮し、俺をエアハルト様の庶子としました。……当時、アデリナ妃にはお子がいらっしゃらなかったので、俺の存在が明らかになれば、王太子として担ぎ上げようとする輩が出ないとも限らない。そしてエアハルト様は、アデリナ妃が俺をどのように扱うか、わかっていらっしゃいました」
離宮で俺はエアハルト様に守ってもらったが、それでもアデリナ様に子どもが生まれるまで、俺は何度も命を狙われた。この上、俺に貴重な魔力属性『時間』があると知られれば、俺は生涯、アデリナ妃から命を狙われつづけることになっただろう。
たとえアデリナ妃に子どもが生まれようがどうしようが、『時間』の魔力属性を持つ俺を、次代の王に、という声はどこかから必ず上がっただろう。それほど『時間』という魔力属性は珍しく、貴重なものなのだ。
しかし、こう言ってはなんだが、俺はアデリナ妃の気持ちがわかるような気がする。
アデリナ妃は、アーサー王に幼い頃から恋心を抱いていたと聞く。長年の片恋がついに報われ、愛しい人と結ばれたと思ったら、相手は平民のメイドとすでに子をもうけていたのだ。……失望と怒りが、俺に対する殺意となっても無理はない。その殺意を向けられるほうはたまったもんじゃないが。
そう言うと、ラーディンは目を見張った。
「おまえは、幼い頃からアデリナ妃から命を狙われていたのに、恨んでいないと言うのか」
俺は少し、考えた。
恨むと言うなら……。
「こう言ってはなんですが、問題はアーサー王にあると思ってます。陛下が俺をエアハルト様の庶子としたのは、しかたのないことです。しかし、そもそも陛下が俺の母親に、たわむれに手をつけたりしなければ……、あるいは、母親と俺をきちんと守ってくれていれば、こんな事にはならなかったはずですから。アデリナ妃も、ある意味、被害者だと思っています」
でも、パルダン王国に来てまで暗殺者を差し向けられたのは、さすがに閉口するっていうか、……正直、ちょっと困惑している。なんで今になって、また暗殺者を送り込んできたんだ。そんなに俺を憎んでいるのか。
だが、そう言うと、ラーディンはちょっと気まずそうな顔になった。
「いや、それは違うのだ。……すまない、アンスフェルム」
ラーディンは俺をぎゅっと抱きしめ、言った。
「あの暗殺者は、エルガー王国が雇った者ではない。あれは、パルダン王国側の手の者だ」
183
お気に入りに追加
786
あなたにおすすめの小説

僕だけの番
五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。
その中の獣人族にだけ存在する番。
でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。
僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。
それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。
出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。
そのうえ、彼には恋人もいて……。
後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。
【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜
N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。
表紙絵
⇨元素 様 X(@10loveeeyy)
※独自設定、ご都合主義です。
※ハーレム要素を予定しています。
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました
ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。
愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。
*****************
「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。
※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。
※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。
評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。
※小説家になろう様でも公開中です。

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る
112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。
★本編で出てこない世界観
男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。
【完結】オーロラ魔法士と第3王子
N2O
BL
全16話
※2022.2.18 完結しました。ありがとうございました。
※2023.11.18 文章を整えました。
辺境伯爵家次男のリーシュ・ギデオン(16)が、突然第3王子のラファド・ミファエル(18)の専属魔法士に任命された。
「なんで、僕?」
一人狼第3王子×黒髪美人魔法士
設定はふんわりです。
小説を書くのは初めてなので、何卒ご容赦ください。
嫌な人が出てこない、ふわふわハッピーエンドを書きたくて始めました。
感想聞かせていただけると大変嬉しいです。
表紙絵
⇨ キラクニ 様 X(@kirakunibl)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる