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17.密談
しおりを挟む「アンスフェルム殿、同盟を結ぶにあたり、国境付近のクロース公爵家領地についての取り決めを、パルダン王国側と再確認しておきたいのですが」
パルダン王国との交渉がはじまる少し前、控え室でロルフ様に言われ、俺は頷いた。
「そうですね、商人の往来や兵の駐屯について、書面で残しておかなければなりませんから」
言いながら、これはどこまで踏み込むべきか、と俺は少し考えた。
近い将来、エルガー王国は、クロース公爵領内を通って兵を進軍させ、パルダン王国の魔石鉱脈を奪い取ろうとする。
このことを、恐らくロルフ様はご存じのはずだ。でなければ、二度目の人生の時、あんなに早く亡命できたはずがない。
これは推測だけど、クロース公爵は息子であるロルフ様を、実質人質としてパルダン王国に差し出したのだ。にもかかわらず、クロース公爵は、エルガー王国の兵が領地を通過するのを黙認した。つまり、クロース公爵はロルフ様を見捨てたのだ。
俺もアデリナ様に命を狙われたりして、殺伐とした毎日を送っていたけど、それでも俺には、エアハルト様という大きな盾があった。
そう考えると、ロルフ様には同情を禁じ得ない。いくら血が繋がっていないと言っても、戸籍上は父親にあたる存在から、あからさまに捨て駒扱いされたんだもんなあ。
ロルフ様は、パルダン王国側と国境を接する公爵領の取り扱いについて、詳細を決める責任者だ。
エルガー王国側の要求の大筋はすでに決められているが、公爵領内のことで、ロルフ様の裁量に任せられる部分も多く残っている。
公爵領からの人の往来や、物資の輸送をどうするか。
二度目の時、ロルフ様は公爵領とパルダン王国の往来は、人も物資も必要最小限に留めるとした。パルダン王国側に検問を設け、必要以上の往来は許可しないよう、定めたのだ。
それにより、ロルフ様は時間を稼いだ。エルガー王国の兵が大挙して押し寄せてきても、検問所に駐屯していたパルダン王国の兵が、それを一時、食い止めたおかげだ。
ラーディンも、ロルフ様が他国に亡命するのを見逃した。
これは伴侶としての情だったのか、それとも何か裏取引があったのか……。
ともかく、俺としてもエルガー王国がパルダン王国へ攻め上るのは阻止したい。
同盟を締結する以上、当たり前だが二国間の往来は増えるだろう。エルガー王国はこれ幸いと、国境付近で侵攻に向けた準備を始めるはずだ。表立ってそれを止めるような力は、俺にはない。
しかし、エルガー王国のもくろみを挫くような何か、小細工でもいいからやっておきたい。
「……エルガー王国の民のほとんどは、パルダン王国の方と交流がありません。いきなり往来を盛んにしても、なにがしかの衝突が起きてしまう恐れがあります。そう考えれば、当初は国境に検問を設け、物流も最小限に留めたほうが問題は起きづらいかと思いますが」
俺の提案に、ロルフ様はほっとした様子で頷いた。
「そうですな、私も同意見です。急激な変化は混乱を招く。新たな検問所を設置するよう、パルダン王国側に提案しましょう」
「場所は、イルジャミラ河を挟んで向かい側、パルダン王国の……、そうですね、この辺り」
俺は控室にかけられた地図の、一点を指さして言った。
「ここ、アンクスガットに検問を設けるのはいかがでしょう」
「……ほう」
ロルフ様は顎に手を当て、俺を見た。
緑色の瞳が、探るような光を浮かべている。
「アンクスガット、ですか。ここには確か、大きな闘技場がありましたな」
「パルダン王国の強者どもが集う場です。何か事あれば、アンクスガットの剣士たちに、事態を収拾すべく動いてもらうことも可能でしょう。エルガー王国としても安心できるかと」
俺は素知らぬふりで言った。
これに乗ってくれるかどうか、ロルフ様の胸一つだが……。
「いいでしょう」
ロルフ様はあっさり頷き、言った。
「アンクスガットに検問を設置する案を、パルダン王国側へ提案いたしましょう。……それにしても」
ロルフ様は、俺をじっと見つめた。
「アンスフェルム殿は、パルダン王国にたいそうお詳しいようですな。言語だけではなく、気候風土や地理、風習についても熟知されているようだ」
「昔から、西域に興味があったもので。……が、熟知などとんでもない。パルダン王国の風習など、知らぬことばかりですよ」
俺は少し苦い気持ちで言った。
これは本音だ。
パルダン王国の風習は、いまだに謎である。主に、求愛とか、求愛とか!
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