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16.昼餐
しおりを挟む「ロルフ様、体調はもう回復されましたか?」
俺は隣に座るロルフ様に小声で問いかけた。
王宮でヤシル王主催の昼餐会が催され、エルガー王国使節団一行もそれに招待されたのだが、昨晩、歓迎の宴を欠席したロルフ様は、まだちょっと顔色が悪そうだった。
「ええ、問題ありません。昨晩はご迷惑をおかけしました」
「……朝食は摂られましたか?」
「いや、あまり……」
どうもロルフ様の朝食は、朝から肉尽くしだったらしい。気の毒に。
獣人って、朝から平気で肉を食べるからなあ。病気の人には、精がつくようにって色んな種類の肉を食べさせるみたいだし、ロルフ様の肉尽くし朝食も、悪気はなかったんだろう……、たぶん。
俺は、量はともかく、たいへん満足な朝食を摂ったから、ちょっと申し訳ない気持ちになった。ロルフ様の分も、お粥を買って帰ってくればよかった。
でもあの時は、それどころじゃなかったんだよな……。
ちらりと向かいのテーブルを見ると、丈の長い白いトーブに金糸の刺繍がほどこされた黒地のディグラを重ね、きちんと正装したラーディンが、澄ました顔で肉を食べていた。窓から差し込む光に、無造作に背に流した金髪がキラキラ輝いてまぶしい。朝の半裸状態とは、えらい違いだ。
朝、あの筋肉バキバキの胸に抱きしめられて、それで……、と思い出したところで、俺は頭を振って不埒な回想を強制終了した。
考えない、いま考えたら頭が爆発する! 昼食どころではなくなる! 後で考えよう、後で!
だいたい、ラーディン本人もぜんぜん気にしてるように見えないし。
からかってあんな事したのか? 婚約者だし、あれくらいかまわないだろうって? 女神とか言ってたけど、あれはまさか本気じゃないだろう。とすると、やっぱからかわれたのか? そう考えるとムカつく。
しかし、朝あれだけ肉を食べたのに、お昼にまた平気な顔で肉を食べられるって、すごいな……。そこだけはちょっと尊敬する。
『午後からはエルガー王国との同盟について、細かい取り決めを行うのだったか』
ヤシル王の問いかけに、俺は慌てて頷いた。
『はい、陛下。二国間の相互援助の役割や、大陸における新体制構築に関する詳細な内容を詰めてまいります』
答えながら、俺は複雑な心境だった。
最初の人生では、エルガー王国とパルダン王国が手を取り合うことで、この二国を基軸とする新しい秩序を大陸にもたらすことができると、そう考えていた。地政学的にみても、この二国が同盟を結ぶのは理にかなっていると。
だが、それはまやかしだった。エルガー王国は、パルダン王国を対等な同盟相手とは見なしていなかったのだ。
この同盟には、エルガー王国がパルダン王国から魔石の鉱脈を奪い取るための、目くらましとしての意味しかない。
ため息をつき、うつむいて料理をつついていると、視線を感じて俺は顔を上げた。
ラーディンがじっと俺を見ている。さっきまで澄ました顔して肉を食べていたのに、手も止まっているし、なんなんだ。
妙に気恥ずかしくなった俺は、赤くなってラーディンから視線を逸らした。
すると、うっかりバルミラ妃と目が合ってしまい、なぜかすごい形相で睨みつけられた。本当になんなんだ!
困惑する俺に、ロルフ様が哀れむような視線を向け、「大変ですな」と言った。
「どうも、あの赤毛の妃殿下は、マリニアの病にかかっておられるようですから」
ロルフ様の言葉に、俺はごふっとむせた。
マリニアとは、その昔、麗しい義理の息子に恋をしたがゆえに、夫を殺してしまったエルガー王国の伯爵夫人の名前だ。恋した義理の息子本人に、夫殺しの罪を告発されたマリニア夫人は、狂乱の末、塔から身を投げて自殺する。
今では冬の歌劇の定番演目になっていて、これが始まると、あーもう冬だなーと季節の移り変わりを実感するほど、エルガー王国では有名な話だ。
しかしロルフ様は、バルミラ妃と今朝初めて顔を合わせたというのに、このめんどくさい愛憎関係を瞬時に悟ってしまったのか。すごいな。俺なんか三度目の人生で、ラーディンの口から語られるまで、なんか変だな? くらいの認識しかなかったのに。それとも、俺が鈍いだけなのか?
ヤシル王はどう思っているんだろう。ひょっとして、ヤシル王がラーディンに塩対応なのは、これが原因なんだろうか。
そうだとしたら、ラーディンは踏んだり蹴ったりだな。自分にその気はないのに、義理の母親から一方的に想いを押し付けられて、そのせいで実の父親との仲がこじれてしまうなんて。
そっとラーディンに視線を向けると、こちらを見ていたらしいラーディンとふたたび目が合った。ラーディンはきゅっと目を細め、俺に微笑みかけた。
だから! なんでそんな風に! こっち見るんだよ!
俺はテーブルに置かれたゴブレットをつかみ、勢いよくあおった。そして次の瞬間、思わず吹き出しそうになった。
なんだこれ、酒じゃん! 水かと思ったのに! つーか昼から酒って……、と思ったところで、気が付いた。
あー、パルダン王国では、水代わりに麦酒を飲んだりしてたっけ……。この場には成人した男女しかいないし、うん……、これは間違えた俺が悪いか。
小さく咳き込みながら、なんとか口に残る酒を飲み込むと、ラーディンが給仕をしている使用人に何事か命じていた。その直後、俺の前に新しいゴブレットが置かれる。
『水でございます』
うやうやしく言われ、俺は思わずラーディンを見た。
ラーディンは俺の視線に気づくと、茶目っけたっぷりに片目をつぶってみせた。
だから! そういうの! 様になってるって、ぜったい自分でわかってるだろ! カッコいいって、自覚してやってるだろ! 腹立つー!
真っ赤になった俺に、バルミラ妃の視線が突き刺さる。
「いやはや、当てられてしまいますなあ……」
ロルフ様が、どこか面白がっているようにつぶやくのが聞こえた。
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