三度目の人生は冷酷な獣人王子と結婚することになりましたが、なぜか溺愛されています

倉本縞

文字の大きさ
上 下
15 / 39

15.女神の泉

しおりを挟む

 食事は非常においしかったのだが、精神的に色々疲弊した状態で、俺は店を後にした。ラーディンは非常に楽しそうだ。
 ……求愛行為とかいう、あれは本当なんだろうか。俺をからかったのでは……。最初の人生でラーディンと友人になった時も、ラーディンはよく俺をからかって面白がっていたしな。ありうる。

『殿下、その……、食べ物を相手に渡すのは求愛行為だというのは、本当ですか?』
『ただ渡すだけなら、求愛には当たらん。『食べてほしい』と相手に懇願すると求愛になる』
『…………』
 そう言えば、と俺は思い出した。

 北方の地域でも、獲物を仕留めて想い人に贈ることが求愛にあたる、という風習があった。そう考えれば、ラーディンの主張通り、西域に似たような風習があってもおかしくはないな……。

『疲れたか? 次は女神の泉へ行こうかと思っていたのだが』
 ラーディンが心配そうに俺の顔を覗き込んで言った。
『いえ! 疲れたとかそういうアレでは……。女神の泉ですね、行きましょう!』
 なんか、か弱い女性に対するような気遣いを見せるラーディンに、違和感しかない。イタズラ好きで強引なくせに、婚約者という立場だと、こんな紳士な一面も見せるのか。

 ふたたびヤグーに乗って、女神の泉に向かう。
 が、なんか抱き込むように腰に回されている、ラーディンの腕が気になる。ヤグーから落ちないように、という配慮なのだろうが、全力疾走しているわけでもないし、必要ないと思うんだが。
 さっきまでは二人乗りしていても気にならなかったのに、求愛行為とか、いろいろ考えると……、いや、考えすぎだ。気にするな、俺!

『……何をじたばたしている? 落ちるぞ』
 ラーディンから離れようとヤグーの背にしがみつくと、何故かぎゅっと抱きしめられ、さらに密着してしまった。ちょ、ちょっとこの体勢……。

 精神的にさらにぐったりした頃、最近完成したという女神の泉に到着した。
 どんなところかと思ったら、要は巨大な噴水だった。
 俺はヤグーから降り、噴水を取り囲む縁石に近づいた。後ろからラーディンもヤグーの手綱を引いてついてくる。

 大きく円を描くような縁石の中央に、水甕を持った女神の像があり、その水甕からとうとうと水が流れ、縁石に囲まれた水場を満たしていた。

『エルガー王国では噴水など珍しくもないだろうが、ここでは水は貴重だ。その水を誰でも自由に使用できる場所があるというのは、パルダン王国にとって大きな意味を持つ』
 ラーディンがヤグーに水を飲ませながら言った。噴水の周囲には、ラーディンと同じように騎獣や家畜に水を飲ませる獣人らが多くいた。

 たしかにパルダン王国では、水脈をめぐって争いが起こるほど水は貴重だ。大きな水場は、王都の豊かさを示す象徴のようなものなのだろう。

 そこで、俺はふと気が付いた。
 俺には、『時間』(今は失われてしまったが)のほかに、『水』という魔力属性がある。
 エルガー王国ではさして珍しくもない魔力属性だが、パルダン王国では魔力を持つ人間自体が少ない。

 よし、と俺はラーディンを振り返り、言った。
『殿下、本日はパルダンの王都をご案内くださり、ありがとうございます。……これは、そのお礼です』

 俺はさっと腕を振って、噴水の水を空中に巻き上げた。それを細かく粉々にするイメージで、魔力を流し水を操る。
 空中に巻き上げられた水は霧状になり、紗幕のように噴水を包み込んだ。

 わあっと後ろで歓声が上がった。噴水を包む水の紗幕が日光を反射し、大きな虹が現れたのだ。
 子どもたちが虹を指さし、大興奮している。水の紗幕をちょっと揺らし、噴水の周りに集まった子どもたちの手や足を濡らしてやると、きゃっきゃと声を上げて大喜びしていた。ふふふ、そーかそーか、そんなに嬉しいか。よしよし。

 どうよ? と俺はわくわくしながらラーディンを振り返った。
 三度目のやり直しでも、俺はラーディンに歌を歌わされたり、求愛行為だのなんだの言われたりと、振り回されてばかりだったから、ちょっとはやり返したいというか、ラーディンを驚かせてやりたかったのだ。

 ラーディンは、小さく口を開けて虹に見惚れていた。
 ふだんは俺と同じ、二十歳とは思えないほど貫禄のあるラーディンだが、そうして驚いている様は、なんだか子どもみたいでちょっと可愛かった。

『いかがでしょうか、殿下! お気に召しましたか?』
 召しただろう! 驚いたって正直に言え!
 と思いながら、俺はふんぞり返ってラーディンを見た。

『……驚いた。おまえは、虹を生み出せるのか』
 ラーディンはかすれた声で言うと、目を輝かせて俺を見た。
『おまえは、まさに天から遣わされた私の女神だ』
『はっ!?』

 女神ってナニ!? と聞く間もなかった。
 ラーディンの腕が俺の腰に回されたかと思うと、次の瞬間には、もう息も止まるほど強く抱きしめられていた。

『で、でんか』
『アンスフェルム』
 ちゅっ、と軽く口づけられ、俺は硬直した。

『で、ででんか、待っ……』
『アンスフェルム、私の伴侶』
 甘くささやかれ、腰が砕けそうになった。
 きゃああ、と黄色い歓声だか悲鳴だかが後ろで上がり、俺はもう、気絶寸前だった。

 ちょっとラーディンを驚かせてやりたいって、そう思っただけなのに、何故こんなことに!?

しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい

おだししょうゆ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。 生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。 地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。 転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。 ※含まれる要素 異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛 ※小説家になろうに重複投稿しています

小学生のゲーム攻略相談にのっていたつもりだったのに、小学生じゃなく異世界の王子さま(イケメン)でした(涙)

九重
BL
大学院修了の年になったが就職できない今どきの学生 坂上 由(ゆう) 男 24歳。 半引きこもり状態となりネットに逃げた彼が見つけたのは【よろず相談サイト】という相談サイトだった。 そこで出会ったアディという小学生? の相談に乗っている間に、由はとんでもない状態に引きずり込まれていく。 これは、知らない間に異世界の国家育成にかかわり、あげく異世界に召喚され、そこで様々な国家の問題に突っ込みたくない足を突っ込み、思いもよらぬ『好意』を得てしまった男の奮闘記である。 注:主人公は女の子が大好きです。それが苦手な方はバックしてください。 *ずいぶん前に、他サイトで公開していた作品の再掲載です。(当時のタイトル「よろず相談サイト」)

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる

木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8) 和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。 この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか? 鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。 もうすぐ主人公が転校してくる。 僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。 これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。 片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。

やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。 昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと? 前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。 *ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。 *フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。 *男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。

処理中です...