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13.二度寝
しおりを挟む寝返りをうとうとして、体が自由に動かないことに気づいた俺は、薄目を開けた。
壁面に取り付けられたロウソクの灯りが、ぼんやりと室内を照らしている。半円を描く垂れ壁、見慣れないタペストリー、虫よけと思われる薬草っぽい香り。
そうか、ここはパルダン王国だった……、と思い出したところで、俺は自分の体を見下ろし、ぎょっとした。
褐色のごつい腕が、俺の体を抱えるように後ろから回されていたのだ。
「な、な……、だ、だれ」
『……起きたか』
低くかすれた声に、ヒィッと体が縮み上がった。
『ラ、ラーディン殿下……』
ラーディンにぐいと引き寄せられ、体を反転させられる。向かいあうような体勢で、額をぴとっとくっつけられた。
『な、なに、なに……』
『熱はないようだな』
ラーディンの言葉に、俺は首を傾げた。
『熱?』
『覚えていないのか? 昨夜の宴で、おまえはいきなり倒れたんだ』
『……ああ……』
うっすらと記憶が戻ってきた。
そうだ、昨夜の宴で、バルミラ王妃の嫌味を聞き流しながら、やたらと強い酒を舐めてたんだっけ。そうしたら、だんだん頭が重くなってきて……。
『殿下が俺……、わたしを部屋まで運んでくださったのですか?』
『そうだが。……おまえは何か、持病でもあるのか? 医師は疲労のせいだろうと言っていたが、何か病を持っている可能性も捨てきれぬとのことだった。持病があるなら、なぜもっと早く言わぬ』
『いや、俺は健康です、なんの持病もありません。ただ酒に弱いだけです』
ラーディンは、は? と目を丸くした。
『嘘だろう。おまえの持っていた盃を調べたが、特に強い酒ではなかったし、しかも半分も減っていなかった。いかに酒に弱いと言っても、あれくらいで倒れるか?』
『……俺は、すんごく酒に弱いんです』
俺はぼそぼそと言った。なんだか恥ずかしい。
『そう……、か』
なんだか呆れたような気配を感じる。
『すみません……』
『いや、おまえが謝ることではない。病気でないのならばよかった。……しかし、そうか、それほど酒に弱いのか……』
哀れむように言われ、俺は微妙に腹が立った。
『あのですね、パルダン王国は、大陸の中でも特にお酒に強い方が多いと言われているんです! 俺は少し弱いくらいで、ふつうです、ふつう!』
ちょっとキツく言うと、ラーディンはなだめるように俺の背中をぽんぽんと叩いた。
『ああ、わかったわかった。……まだ早い、もう少し寝ていろ』
『はい……、いや、ちょっと!』
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『自分の部屋に戻るのが億劫でな』
『戻りましょう! 俺、……いや、わたしがお送りいたしますので!』
ラーディンはくすりと笑い、俺を見た。
『かしこまった言葉遣いをせずともよい。おまえは私の婚約者なのだから』
『それは……、その、ありがとうございます。でも、あの、殿下、どうぞご自分の部屋へ』
『……部屋に戻れば、赤猫に襲われるかもしれん。長旅で疲れている。相手をするのも面倒だ』
ラーディンの言葉に、俺はぎくりとした。
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『私は、父から妃を寝取るつもりはない』
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ああー、やっぱそうか……。
『以前、寝所に忍び込まれたのではっきり断ったら、今度は暗殺者を差し向けられるようになった。ここではゆっくり眠れたためしがない』
そ、それは……。
『大変ですね……』
しみじみ言うと、俺の頭の上で、ラーディンがぷっと吹き出すのが聞こえた。
『……大変、か。まあそうだな、大変だ。……だから、寝床を貸せ。もう少し眠りたい』
そういうことならと、俺はラーディンに寝台を譲ることにした。
『わかりました。じゃ、ここは殿下がお使いください。俺はあっちの長椅子でも』
『今さらだ、このまま寝ろ』
『いや、でも……』
『おまえは私の婚約者だ。一緒に寝たところで問題にはならん』
そうなんだろうか。違うような気もするが……。
『起きたら、王都を案内しよう。朝市で朝食を摂って、女神の泉に行こう。……朝市には、八花茶のうまい店があるぞ。おまえ、八花茶が好きだろう』
低く心地よい声でやさしくささやかれながら、軽く背中を叩かれると、だんだん眠くなってくる。
でも、なんでラーディンは俺が八花茶を好きなの、知ってるんだろう。
頭が働いたのは、そこまでだった。
少し肌寒い朝の空気に、くっついた体温が心地よく、俺はラーディンに抱きしめられたまま、うとうととまた眠りに落ちていった。
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