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12.歓迎されていない
しおりを挟むラーディンの言った通りそれから十日後、俺たちは無事、パルダン王国の王都に到着した。
「ロルフ様、お体の具合はいかがですか?」
「……だいぶ良くなったが、まだ起き上がるとめまいがするようだ。申し訳ないが、宴は欠席させていただきたいと殿下にお伝えしてくれ」
「かしこまりました」
とすると、今夜の歓迎の宴では、俺一人がラーディンの婚約者として、ヤシル王とバルミラ王妃に挨拶しないといけないのか……。ちょっと気が重い。
それというのも、
『まあ、人族というのは本当に貧相だこと。このようにみすぼらしい者が婚約者だなんて、ラーディンも可哀そうにねえ』
バルミラ王妃のあからさまな敵意に、俺は顔を引き攣らせた。
ああ、忘れてた……。ラーディンの婚約者ポジションって、毎回必ずバルミラ王妃に嫌がらせされるんだよなあ。
エルガー王国の使節団を歓迎する宴は、パルダン王宮の中庭で行われた。まだ昼の暑さを残す中、時折吹き抜ける夜風が涼しい。
あちこちに焚かれた篝火が、中庭をぐるっと取り囲む回廊の柱をおぼろに浮かび上がらせている。その白い石柱には、金泥で複雑な幾何学模様が描かれていて、いかにも西国らしい異国情緒あふれる美しさだった。
地面に直接敷いた柔らかい敷物の上に、パルダン王国の王族や有力氏族の長などが丸く円を描くようにして座している。皆ゆったりしたトーブの上に、華やかな刺繍をほどこしたディグラをまとい、さらに重そうな金の首飾りや指輪などできらきらしく装っていた。
見てるだけなら、旅情をそそられる美しい眺めなのだが、王妃からこうもはっきり敵意を向けられると、宴を楽しむどころの話ではない。
俺、無事に生還できるだろうか。まさか歓迎の宴で毒殺なんかされないよな?
エルガー王国の使節団の面々は、国王への挨拶を済ませると、妓女たちが踊りを披露している円座のほうへ散ってしまった。
俺もできればそっちに行きたかったのだが、バルミラ王妃の嫌味攻撃が終わらないから場所を移れない。まさか王妃が話しているのに、中座して逃げるわけにはいかないし。
俺は引き攣った笑みを浮かべたまま、延々と嫌味を言い続けるバルミラ王妃を見つめた。
バルミラ王妃って、猫の獣人だったと思うんだけど、たしかになんとなく猫っぽい。大きな赤い吊り目に、くるくるした赤毛を腰まで伸ばした肉感的な美女だ。隣に座るヤシル王にしなだれかかるように座っている。
ヤシル王はラーディンと同じ金髪に金色の瞳をしていたけど、明らかにラーディンより一回りくらい体が小さい。ヤシル王は、たしか狐の獣人だったっけ。ラーディンの母親が獅子の獣人だったから、ラーディンは髪と瞳の色以外は母親に似たんだな……。
『だいたい、聞けばあなた、庶子なんですって? それで図々しくパルダンの王子に言い寄るなんて、どういう神経をしているのかしら』
あ、まだ王妃の嫌味が続いていた……。
俺はパルダンの強いお酒をちびちび舐めながら、ぼうっとする頭で王妃の言葉を聞いていた。
『あなた聞いているの?』
『もちろんでございます』
ていうかラーディンはどこにいるんだ。王宮に到着してから姿を見かけないんだが。
『あなたのように卑しい血筋の人間が、パルダンの高貴な獣人の王子に釣り合うとでも思っているの?』
『誠に王妃殿下のおっしゃる通りにございます』
このお酒、ほんとに強いな。舐めてるだけなのにクラクラしてきた。水を頼んだほうがいいだろうか。
『わたくしの言う通りだと思うなら、婚約を辞退したらいかが?』
『まことにおうひの……』
『アンスフェルムとの婚約は、私の望みにございます、王妃殿下』
声とともに、ふいに後ろから逞しい腕に抱き込まれた。
『まあ、王子』
『遅くなり申し訳ございません。将軍から報告を受けておりました』
耳元をくすぐる低い声に、俺は首をすくめた。
ラーディンって、すごくいい声してるんだよな。耳元でささやかれると、なんかゾクゾクする。
ていうか、なんでこんな近くにラーディンの声が聞こえるんだ?
ダメだ、頭が働かない。
『……おい、アンスフェルム? どうした、大丈夫か?』
なんかラーディンが言ってるけど、よくわからない。
ちょっと疲れた……。やっとパルダンの王都についたと思ったら、歓迎の宴でずっと王妃から嫌味攻撃を受け続けて、気の休まる暇もない。
俺は、後ろから回された太い腕に寄りかかるようにして、体の力を抜いた。
眠い。もう寝たいんだが、寝床はどこだ……。
『アンスフェルム? おい、こいつに何を飲ませた?』
ラーディンの焦ったような声を聞きながら、俺は意識を手放してしまった。
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