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11.国境
しおりを挟む「……いやはや、これは、聞きしに勝る暑さですな……」
俺の隣に馬を並べたロルフ様が、ぐったりした様子で言った。
王都を出発してまだ一週間しか経っていなかったが、西に行くにつれてしだいに気温が上がりはじめ、初夏だというのに今ではほぼ真夏並みの暑さになっていた。
この急激な気温の変化も、俺は二回の人生ですでに経験済みだから、想定内というかそれなりの対策もしてきたが、エルガー王国から出たことがないというロルフ様にはさぞ堪えるだろう。
このままでは倒れてしまうんじゃ、と心配になった俺は、ロルフ様に馬車に戻るよう勧めた。
「だいぶ顔色がお悪いようですし、馬車で少し休まれたほうがよろしいのでは」
「いや、あの中は蒸し風呂のようで……。余計に具合が悪くなります。まだ外のほうがマシですよ」
前を進むラーディンらパルダン王国の人々は、疲れた様子もなく、気のせいかエルガー王国にいた時より生き生きして見える。
「ロルフ様も、西域の服に着替えられては?」
俺も含め、パルダン王国の獣人たちは全員、エルガー王国の服から西域の服に着替えていた。トーブというゆったりした作りのワンピースのような白い服の上から、ディグラという丈の長いガウンのようなものを羽織り、下には幅広のパンツを着用する。ラーディンら獣人たちは、腰に何本か剣を佩いていた。頭部はゴトラと呼ばれる白いスカーフで覆い、直射日光を避けている。
全体的にたいへん風通しがよく、涼しくて快適だ。
「……たしかに、このままでは倒れてしまいそうだ。アンスフェルム殿、すまぬがパルダン王国のどなたかに頼んで、服を借りていただけるか?」
「いいですよ」
俺は気安く頷いた。断られたら、ちょっと丈が短いかもしれないけど、俺の服を貸せばいいし。
「アンスフェルム、調子はどうだ?」
ロルフ様が馬車に戻ると、俺の横にラーディンが馬を並べてきた。
「ラーディン殿下。ええ、俺は問題ありません。ただ、ロルフ様が……」
「ああ」
ラーディンはちらりと馬車に視線を向けた後、つくづくと俺を見た。
「どうかなさいましたか?」
「いや。……その服、よく似合っている」
ラーディンの手が伸びてきて、頭部から垂れるゴトラの布をつかんだと思ったら、鼻から下、顔半分を覆うように直された。
「もうじき風が強くなる。砂を吸い込まぬよう、鼻と口を覆っておいたほうがいい」
「あ、ありがとうございます」
ラーディンの指が、すっと俺の目尻をなぞった。
「なに、おまえは私の婚約者だ。自分のものを大切にするのは、当たり前のことだからな」
「はい……」
なんだろう。ラーディンが身内を大事にするのは知っているけど、なんかなんか、距離が近すぎないか。
最初の人生で友人になった時も、こんな風に触れてくることはなかったと思うんだが。
俺が考え込んでいると、
「……何を考えている?」
ラーディンの顔が触れそうなほど近くにあり、俺は思わずのけぞった。
「ぅお、っと、殿下!」
バランスをくずしかけた俺の腰を、ラーディンの腕ががしっと掴んで支えた。
「あぶなっかしいな。やはり二人で乗るか?」
「結構です!」
俺はあわてて姿勢をただし、手綱をつかみ直した。
「遠慮するな」
「遠慮じゃないです!」
俺はキッとラーディンを睨みつけた。
「殿下がいきなり近寄られたので、驚いただけですから!」
「ならば、何を考えていたのか教えろ」
ラーディンの顔がふたたび近くに迫り、俺は焦った。
「な、なにって……」
「私の顔を見て、誰を思い出していたのだ? ……この私を見ながら、他の男を想われるのは気に入らんな」
「は?」
俺は驚いてラーディンを見た。なんだそれは。
「何をおっしゃっているんですか。俺は別に……」
だいたい、考えていたのは過去と現在のラーディンの違いについてなんだから、他の男を想ってるとか、的外れもはなはだしい。
「言っておくが、私は浮気に寛容な夫ではないぞ」
「だからそんなんじゃありませんってば!」
浮気ってなんだ、浮気って!
俺は動揺しながらも、ロルフ様の服についてラーディンに頼んでみた。
「エルガー王国の服装のままでは、熱中症になってしまわれるでしょう。ロルフ様の背格好に近い方から、パルダン王国の服をお借りできないでしょうか?」
「わかった。ナシブあたりがちょうどいいだろう。話を通しておく。……ところで、アンスフェルム」
ラーディンの金色の瞳が、探るように俺を見た。
「おまえは何故、前もって西域の服を用意していたのだ? そもそも、エルガー王国の仕立て屋は、西域の服を仕立てたことなどないだろう。よほど前から注文せねば、この旅には間に合わなかったのではないか? ……まるで、以前パルダン王国を訪れたことでもあるかのような周到さだが」
俺はうぐっと言葉に詰まった。
最初の人生で初めてパルダン王国を訪れた時、俺は何の用意もしていなかったから、今のロルフ様と同じように熱中症寸前のそれはひどい状態になった。
だから二回目の人生の時は、前もってパルダン王国の衣服を準備しておいたのだ。今回もそれを利用したのだが……。
「……パルダン王国の気候については、王宮に出入りする商人から話を聞きました。この同盟の話が持ち上がった時から、いずれパルダン王国へ行く機会があるかもしれないと、そう思って準備していたのです」
「ふむ」
ラーディンは顎に手を当て、思案するように俺を見たが、何も言わなかった。その代わり、
「……あの櫓が見えるか?」
ラーディンの指し示す先に、木で組まれた簡単な砦のような建物があった。腰屋根の上に、パルダン王国の旗が掲げられている。
「あの向こうがパルダン王国となる。王都までは、さらに十日ほどかかるだろう」
「はい」
俺は手綱をぐっと握りしめた。ついにパルダン王国に入る。ここからが本番だ、気を引き締めていかないと。
「国境を越えれば、暑さはマシになるが乾燥はさらにひどくなる。脱水状態にならぬよう、水分をとっておけ」
言葉とともにぽいっと革の水筒を投げられ、俺は慌ててそれを受け取った。
「あ、ありがとうございます……」
鼻まで覆っていたゴトラを引き下げ、水筒に口をつけると、甘い花の香りがした。
「八花茶ですね」
様々な効能のある花々を煮出したお茶で、甘酸っぱく、栄養価が高い。
これ、初めて飲んだ時からすごい気に入ってるんだけど、主にパルダン王国内でしか流通していないから、エルガー王国では手に入らなくて残念だったんだよなあ。
喜んでお茶を飲む俺を、ラーディンは金色の瞳を細め、じっと見つめていた。
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