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8.誤解
しおりを挟むその後、なんとか歌い切った俺は、そそくさと演奏台から降り、アーサー王の許へと向かった。
通訳としてはラーディンたちのところへ行くべきなのかもしれないけど、さっきのラーディンの眼差しに動揺してしまって、今は顔を合わせたくなかったのだ。
「陛下」
「アンスフェルム、見事であったぞ」
王は上機嫌な様子で俺を褒めた。
「歌など歌えぬと申しておったが、なかなかどうして、見事な歌いぶりではないか」
「お褒めにあずかり、恐縮です」
『そうだな、素晴らしかった』
ふいに背後からかけられた声に、俺は飛び上がった。
『で、殿下』
振り返ると、いつの間にかラーディンが俺の後ろに立っていた。
ラーディンはあの人の悪い笑みを浮かべると、アーサー王に向かって大陸語で言った。
「アーサー王。私は、アンスフェルム殿をわが婚約者として迎え入れたい」
「なんと」
「ええ!?」
陛下と俺の声が重なり、周囲の人々もなにごとかとこちらを振り返った。
いや、待ってくれ。どういうこと。
あの歌の、何がそんなに気に入ったんだ? 歌詞は過激(パルダン王国にとっては)かもしれないけど、しょせんは素人の歌じゃないか。
だが、と俺は考えた。
ラーディンの考えは読めないが、これはチャンスかもしれない。
そもそも俺は、なんとかラーディンと婚姻を結んで身内となり、彼に殺害される未来を回避しようとしてたんだから。
なんでラーディンがいきなり俺を婚約者に指名してきたのかはわからないけど、それを考えるのは後だ、後!
俺はすすっとラーディンの隣に立った。
『殿下、お申し出に感謝いたします。ぜひわたしも殿下の婚約者としてパルダン王国に参りたいと思います』
俺がそう言うと、ラーディンは口の端を上げてニヤリと笑った。
ラーディンは王に向き直ると、
「アーサー王、あなたの弟は、こう言っている。……私に恋をしてしまった、と」
「はあ!?」
俺は思わず間抜けな声を上げたが、ラーディンはしゃあしゃあと続けて言った。
「どうやらアンスフェルム殿は、以前から私に恋焦がれていたらしい。先ほどの歌も、私を想って歌ったそうだ。それほどに想われて、私の心も動いた。ぜひ、彼を私の伴侶としたい」
「そ、……そうだったのか」
アーサー王の驚愕の視線が突き刺さる。
いや違う、誤解だから! と言いたいが言えない。ラーディンの婚約者になりたいのは本当だから。
しかし、めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど!
「アンスフェルムよ、そなたそれほどラーディン殿下を想っていたのか。そういえば父上から、そなたのたっての願いで、ラーディン殿下の婚約者候補に名前を加えたと説明があったな……。そういう事だったのか」
そういう事ってナニ!? 俺がラーディンにうつつを抜かして、色恋沙汰で婚約者候補に名乗りを上げたってこと!? 断じて違いますけど!
というセリフを飲み込み、俺は黙って微笑んだ。
しかたない。命には代えられないからな。
だがラーディン! てめー、覚えてろよ!
ぎぎっとラーディンを睨みつけると、ラーディンは片眉を上げ、俺を見下ろした。
『まるで怒った猫だな』
『誰が猫だ!』
しまった、と思ったが、ラーディンは怒るかわりに吹き出した。
『それが素か。そのほうがいい』
ラーディンの腕が俺の腰に回り、抱き込まれるような形になってしまい、俺は硬直した。
『な、なに……』
『これからよろしく、婚約者どの』
ちゅっ、とこめかみに口づけられる。とたん、わっと周囲から上がった歓声に、俺は真っ赤になった。人前でなにやってんだこいつ!
『……これくらいで、何を赤くなっている? 先ほどはあんなに淫らな歌を歌って、誘いをかけておきながら』
不思議そうなラーディンの足を、踏んづけてやりたい。
あれは歌! ただの歌だから! 誘いとか、そういうんじゃないから!
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