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7.悪ふざけ

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『西域語の歌を聴きたい。そう、王に伝えてくれ』
『かしこまりました!』
 俺はラーディンに頭を下げると、失礼にならないギリギリの速度で、アーサー王の許へ駆けていった。

 上座にしつらえられた席に、アーサー王が一人で座っていた。隣にいたはずのアデリナ様は、早々に中座されたらしい。
「陛下、失礼いたします」
「アンスフェルムか。どうした、ラーディン殿下らは、宴を楽しんでいらっしゃるか?」
「それが……」
 俺は王に、ラーディンの要望を簡潔に伝えた。

「西域語の歌、か」
「はい。せっかくなので、西域語の歌もお聴きになりたいとの仰せです」
「わかった」
 王に指示された侍従が、演奏台から降りた歌手にラーディンの要望を伝えたが、

「申し訳ございません、その……、あの歌手は、西域語の歌を知らぬそうで」
 困ったような侍従の言葉に、王が眉根を寄せた。
「なんとかならぬのか。パルダンの王子の機嫌を損ねたら、厄介なことになる」
「と、申されましても……。そもそも、西域語を話せる者などそうはおりませぬし」

 アーサー王は、俺をじっと見た。
 え。なに。なんかイヤな予感がするんですけど。

「……そなたは西域語が達者であったな」
「話せるというだけで、歌は歌えません」
「かまわぬ。西域語でなにか歌え」
「無理です!」
 俺は飛び上がった。

 ちょっと待って。なにその無茶ぶり!?

「いえ、あのですね、俺は歌手ではないので」
「下手でもかまわぬ。要は、西域語でなにか歌えばいいのだ」
 そりゃ陛下はかまわないでしょうよ! 下手な歌を歌って恥をかくのは俺だからな!

「しかし陛下」
「これは命令だ。西域語で歌え、アンスフェルム」
 俺はがっくりとうなだれた。
 王の勅命ときた。従わざるをえない。ラーディンに殺されるよりはマシだって思おう。

 俺はとぼとぼと演奏台に向かった。
 大広間を見回すと、着飾った貴族たちの中でもひと際目立つ、大柄なラーディンと目が合った。

 ラーディンは、ゴブレットを片手に金色の瞳を細め、笑っていた。

 ――あいつ!

 俺はカッと頭に血が上るのを感じた。

 ラーディンは、明らかに面白がっている。
たぶんラーディンは、西域語の歌を歌える人間がこの場にいないって、わかってたんじゃないか? それで、西域語を話せる俺にお鉢が回ってくると予想し、あんなこと言い出したんだ。

 くっそー! なんという性格の悪さだ。
 最初の人生でも、あいつの悪ふざけに閉口させられたことが何度もあったけど、初対面の時点でこんなイタズラを仕掛けてくるとは。

 おのれ、ラーディンめ。そっちがそのつもりなら、こちらにも考えがある。俺が大人しく道化を演じると思ったら、大間違いだ!

 俺は演奏台の上に立つと、すうっと息を吸い込み、歌い始めた。
 さっきと同じ歌劇の中の、別の曲だ。歌詞だけを西域語に訳して歌う。

 ――ああ、愛しいひと。何よりも誰よりも大切なあなた。どうかわたしの手をとって、わたしの想いを受けとって。

  この歌劇の中で、一番情熱的な愛の歌を、俺は情感たっぷりに歌い上げた。
  歌いながら、ちらりとパルダン王国一行の様子を見やると、ラーディン、ナシブ伯爵や他の獣人らが、褐色の肌を遠くからでもわかるほど赤く染め、こちらを見ているのがわかる。

 ふふん、愛の歌が禁止されているなら、こんな赤裸々に恋愛感情を表現した歌に免疫なくても当然だよな。
まあ、でもこれがエルガー王国の文化ですから! くらえ、文化攻撃!

 俺は調子にのって、さらに歌い続けた。

 ――ああ、夢に見るあなたの熱い肌、芳しい香り。あなたのすべてが欲しい。恋しくて気が狂いそう。どうかわたしを受け入れて。その腕で抱きしめて。

 どうよ! と俺はふたたびラーディンたちのほうに視線を向けた。
 ナシブ伯爵は真っ赤になってうろうろと視線をさまよわせている。他の獣人たちも似たような反応だ。肝心のラーディンはというと……。

 俺は一瞬、息を呑んだ。
 そして、慌ててラーディンから目をそらした。

 ラーディンは、目を輝かせて俺を見ていた。
 その目は熱っぽく、焦がれたような光を浮かべていて、まるで恋に落ちた男のようだった。

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