三度目の人生は冷酷な獣人王子と結婚することになりましたが、なぜか溺愛されています

倉本縞

文字の大きさ
上 下
7 / 39

7.悪ふざけ

しおりを挟む

『西域語の歌を聴きたい。そう、王に伝えてくれ』
『かしこまりました!』
 俺はラーディンに頭を下げると、失礼にならないギリギリの速度で、アーサー王の許へ駆けていった。

 上座にしつらえられた席に、アーサー王が一人で座っていた。隣にいたはずのアデリナ様は、早々に中座されたらしい。
「陛下、失礼いたします」
「アンスフェルムか。どうした、ラーディン殿下らは、宴を楽しんでいらっしゃるか?」
「それが……」
 俺は王に、ラーディンの要望を簡潔に伝えた。

「西域語の歌、か」
「はい。せっかくなので、西域語の歌もお聴きになりたいとの仰せです」
「わかった」
 王に指示された侍従が、演奏台から降りた歌手にラーディンの要望を伝えたが、

「申し訳ございません、その……、あの歌手は、西域語の歌を知らぬそうで」
 困ったような侍従の言葉に、王が眉根を寄せた。
「なんとかならぬのか。パルダンの王子の機嫌を損ねたら、厄介なことになる」
「と、申されましても……。そもそも、西域語を話せる者などそうはおりませぬし」

 アーサー王は、俺をじっと見た。
 え。なに。なんかイヤな予感がするんですけど。

「……そなたは西域語が達者であったな」
「話せるというだけで、歌は歌えません」
「かまわぬ。西域語でなにか歌え」
「無理です!」
 俺は飛び上がった。

 ちょっと待って。なにその無茶ぶり!?

「いえ、あのですね、俺は歌手ではないので」
「下手でもかまわぬ。要は、西域語でなにか歌えばいいのだ」
 そりゃ陛下はかまわないでしょうよ! 下手な歌を歌って恥をかくのは俺だからな!

「しかし陛下」
「これは命令だ。西域語で歌え、アンスフェルム」
 俺はがっくりとうなだれた。
 王の勅命ときた。従わざるをえない。ラーディンに殺されるよりはマシだって思おう。

 俺はとぼとぼと演奏台に向かった。
 大広間を見回すと、着飾った貴族たちの中でもひと際目立つ、大柄なラーディンと目が合った。

 ラーディンは、ゴブレットを片手に金色の瞳を細め、笑っていた。

 ――あいつ!

 俺はカッと頭に血が上るのを感じた。

 ラーディンは、明らかに面白がっている。
たぶんラーディンは、西域語の歌を歌える人間がこの場にいないって、わかってたんじゃないか? それで、西域語を話せる俺にお鉢が回ってくると予想し、あんなこと言い出したんだ。

 くっそー! なんという性格の悪さだ。
 最初の人生でも、あいつの悪ふざけに閉口させられたことが何度もあったけど、初対面の時点でこんなイタズラを仕掛けてくるとは。

 おのれ、ラーディンめ。そっちがそのつもりなら、こちらにも考えがある。俺が大人しく道化を演じると思ったら、大間違いだ!

 俺は演奏台の上に立つと、すうっと息を吸い込み、歌い始めた。
 さっきと同じ歌劇の中の、別の曲だ。歌詞だけを西域語に訳して歌う。

 ――ああ、愛しいひと。何よりも誰よりも大切なあなた。どうかわたしの手をとって、わたしの想いを受けとって。

  この歌劇の中で、一番情熱的な愛の歌を、俺は情感たっぷりに歌い上げた。
  歌いながら、ちらりとパルダン王国一行の様子を見やると、ラーディン、ナシブ伯爵や他の獣人らが、褐色の肌を遠くからでもわかるほど赤く染め、こちらを見ているのがわかる。

 ふふん、愛の歌が禁止されているなら、こんな赤裸々に恋愛感情を表現した歌に免疫なくても当然だよな。
まあ、でもこれがエルガー王国の文化ですから! くらえ、文化攻撃!

 俺は調子にのって、さらに歌い続けた。

 ――ああ、夢に見るあなたの熱い肌、芳しい香り。あなたのすべてが欲しい。恋しくて気が狂いそう。どうかわたしを受け入れて。その腕で抱きしめて。

 どうよ! と俺はふたたびラーディンたちのほうに視線を向けた。
 ナシブ伯爵は真っ赤になってうろうろと視線をさまよわせている。他の獣人たちも似たような反応だ。肝心のラーディンはというと……。

 俺は一瞬、息を呑んだ。
 そして、慌ててラーディンから目をそらした。

 ラーディンは、目を輝かせて俺を見ていた。
 その目は熱っぽく、焦がれたような光を浮かべていて、まるで恋に落ちた男のようだった。

しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

本当に悪役なんですか?

メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。 状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて… ムーンライトノベルズ にも掲載中です。

婚約破棄された僕は過保護な王太子殿下とドS級冒険者に溺愛されながら召喚士としての新しい人生を歩みます

八神紫音
BL
「嫌ですわ、こんななよなよした男が夫になるなんて。お父様、わたくしこの男とは婚約破棄致しますわ」  ハプソン男爵家の養子である僕、ルカは、エトワール伯爵家のアンネリーゼお嬢様から婚約破棄を言い渡される。更に自分の屋敷に戻った僕に待っていたのは、ハプソン家からの追放だった。  でも、何もかもから捨てられてしまったと言う事は、自由になったと言うこと。僕、解放されたんだ!  一旦かつて育った孤児院に戻ってゆっくり考える事にするのだけれど、その孤児院で王太子殿下から僕の本当の出生を聞かされて、ドSなS級冒険者を護衛に付けて、僕は城下町を旅立った。

動物アレルギーのSS級治療師は、竜神と恋をする

拍羅
BL
SS級治療師、ルカ。それが今世の俺だ。 前世では、野犬に噛まれたことで狂犬病に感染し、死んでしまった。次に目が覚めると、異世界に転生していた。しかも、森に住んでるのは獣人で人間は俺1人?!しかも、俺は動物アレルギー持ち… でも、彼らの怪我を治療出来る力を持つのは治癒魔法が使える自分だけ… 優しい彼が、唯一触れられる竜神に溺愛されて生活するお話。

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

恐怖症な王子は異世界から来た時雨に癒やされる

琴葉悠
BL
十六夜時雨は諸事情から橋の上から転落し、川に落ちた。 落ちた川から上がると見知らぬ場所にいて、そこで異世界に来た事を知らされる。 異世界人は良き知らせをもたらす事から王族が庇護する役割を担っており、時雨は庇護されることに。 そこで、検査すると、時雨はDomというダイナミクスの性の一つを持っていて──

俺の婚約者は悪役令息ですか?

SEKISUI
BL
結婚まで後1年 女性が好きで何とか婚約破棄したい子爵家のウルフロ一レン ウルフローレンをこよなく愛する婚約者 ウルフローレンを好き好ぎて24時間一緒に居たい そんな婚約者に振り回されるウルフローレンは突っ込みが止まらない

処理中です...