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6.愛の歌
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近づいてきたのは、クロース公爵家次男、ロルフ様だった。
ゆるやかに波打つ金髪に緑の瞳の伊達男で、社交界での人気も高い。二回目のラーディンの婚姻相手だった方だ。
「ラーディン殿下にご挨拶したいのだが」
「かしこまりました」
俺はラーディンにロルフ様を紹介した。
『殿下、こちらはクロース公爵家のご次男、ロルフ様です。クロース公爵家は、パルダン王国の東側の国境沿いに領地をお持ちで、西域との交易も古くから行っていらっしゃいます』
『ああ、クロース公爵家の』
ラーディンはしげしげとロルフ様を見て言った。
『……父親に似ておらぬな』
俺はすんでのところで吹き出すのをこらえた。
ロルフ様がクロース公爵夫人とその愛人の息子だというのは、社交界では有名な話だ。この縁談も、クロース公爵が血のつながらぬ息子を疎み、厄介払いしようとしたからと聞いている。
ロルフ様が西域語を話せなくてよかった。俺は胸を撫でおろし、適当な挨拶をロルフ様に伝えた。
それにしても、なんでラーディンはクロース公爵の顔を知ってるんだろう。
ロルフ様は俺に顔を近づけ、小声で言った。
「……殿下に伝えてもらえるか? その……、わたしは、獣人と夜をともに過ごすことはできない、と。その代わり、殿下のご要望に応えられるような者を、いくらでもご用意する、と」
「はあ……」
まあ、こういったことを婚姻前にきちんと伝えておくほうが、ある意味、誠実だとは思うけど。
でも、なんていうか……、なんかなんか……。
『どうした?』
後ろからささやきかけられ、俺は小さく飛び上がった。
『ぅお、殿下! いえ、あの……』
『ロルフ殿は、なんと?』
俺は困ってうつむいた。言いづらいなあ。
『獣と交わるなど、ごめんだと言われたか?』
ラーディンの言葉に、俺はバッと顔を上げた。
『き、聞こえてたんですか?』
『やはりそうか』
ラーディンは肩をすくめた。
『まあ、そんなところだろうな。貴殿の……、アンスフェルムのような考えを持つ人間は少ない。それが貴族ならなおさらだ。ロルフ殿には、了承したと伝えてくれ』
『え、あ、ハイ……』
俺がラーディンの言葉を伝えると、ロルフ様はほっとした様子で去っていった。
宮廷の人間は、想像以上に獣人を嫌っているみたいだ。
そりゃまあ、体は大きくて威圧的だけど、問答無用で斬りかかってくるような戦闘狂ってわけでもないのに。
ふだんは獣の耳も隠れているし、見た目は人間と変わりないんだけどなあ。なにが問題なんだろう。
……いやしかし、考えてみれば俺だって、二回の人生どちらもラーディンに殺されかかってるしな……。
純粋に力だけを比べるなら、人間が獣人に勝てるわけがない。そういった意味でなら、怖いという気持ちはわかる。俺だって、激昂したラーディンと対峙するなんて、二度とごめんだって思うし。
でも、じゃあ獣人を嫌いかって言われたら、それはちょっと違うような気がするけど。
『アンスフェルムは、酒を飲まぬのか?』
ラーディンが俺に、グラスを差し出した。
『ありがとうございます。……が、わたしは酒に弱く、通訳の仕事もあるので、せっかくですがご遠慮させていただきます』
『そうか。この美味い酒を飲めぬとは、可哀そうに』
ラーディンは手を伸ばし、俺の頭を軽く撫でた。まるで子どもにするような扱いだな。たしかに酒を飲めないなんて、獣人の中では子どもくらいしかいないだろうけど。
大広間の正面に設置された演奏台の上に、王宮から招待された歌手が上がって歌を歌いはじめた。金髪のカツラをつけ、舞台化粧をほどこした、まだ若い男性歌手だ。豊かな声量で、大広間いっぱいに歌声が響く。
『すばらしい歌声ですが……、これは、何の歌でしょうか?』
ナシブ伯が申し訳なさそうに、小さく俺に問いかけた。
あー、そうだよなあ。大陸語じゃ、何の歌かもわからないよなあ。
この歌手は王都でたいそう人気があり、アデリナ妃も熱心に劇場に通いつめるほどの実力者だが、せっかくだから西域語の歌を歌えばよかったのに。
しかたなく、俺はささやくようにナシブ伯に歌詞を通訳した。
『あなたの髪は炎のよう。瞳はわたしをとらえ、沈める海。あなたに焼き尽くされ、すべてを奪われたい。あなたに捕らわれ、自由を失ったわたしを、どうか哀れんでください。あなたがいなければ、わたしには昼も夜も訪れない』
ナシブ伯は頬を赤らめ、困ったように俺を見た。
『……その、なんというか、変わった歌ですな』
『愛の歌です。パルダン王国では、こうした歌は人気がありませんか?』
劇場になんか行ったことのない俺でさえ知っている、王都で大流行中の歌劇の歌だ。どのくらい流行ってるかっていうと、王宮の使用人が掃除しながら鼻歌で歌っているくらいだ。
『……愛の歌は、パルダン王国では禁じられている』
耳元でラーディンの声がし、俺は硬直した。
『え』
『みだりがわしいとして、公共の場で歌えば、処罰される』
うっわ! マジで!
『も、申し訳ありません。エルガー王国では、この歌はたいそう人気があって……、あの、お気に障ったのなら、歌はやめさせますが』
『いや。ここはエルガー王国だ。この国ならではの文化を披露してくれたのだろう。……が』
ラーディンは目を細め、俺を見下ろして言った。
『できれば西域語の……、われらの言葉の歌も聴かせてもらいたい』
ゆるやかに波打つ金髪に緑の瞳の伊達男で、社交界での人気も高い。二回目のラーディンの婚姻相手だった方だ。
「ラーディン殿下にご挨拶したいのだが」
「かしこまりました」
俺はラーディンにロルフ様を紹介した。
『殿下、こちらはクロース公爵家のご次男、ロルフ様です。クロース公爵家は、パルダン王国の東側の国境沿いに領地をお持ちで、西域との交易も古くから行っていらっしゃいます』
『ああ、クロース公爵家の』
ラーディンはしげしげとロルフ様を見て言った。
『……父親に似ておらぬな』
俺はすんでのところで吹き出すのをこらえた。
ロルフ様がクロース公爵夫人とその愛人の息子だというのは、社交界では有名な話だ。この縁談も、クロース公爵が血のつながらぬ息子を疎み、厄介払いしようとしたからと聞いている。
ロルフ様が西域語を話せなくてよかった。俺は胸を撫でおろし、適当な挨拶をロルフ様に伝えた。
それにしても、なんでラーディンはクロース公爵の顔を知ってるんだろう。
ロルフ様は俺に顔を近づけ、小声で言った。
「……殿下に伝えてもらえるか? その……、わたしは、獣人と夜をともに過ごすことはできない、と。その代わり、殿下のご要望に応えられるような者を、いくらでもご用意する、と」
「はあ……」
まあ、こういったことを婚姻前にきちんと伝えておくほうが、ある意味、誠実だとは思うけど。
でも、なんていうか……、なんかなんか……。
『どうした?』
後ろからささやきかけられ、俺は小さく飛び上がった。
『ぅお、殿下! いえ、あの……』
『ロルフ殿は、なんと?』
俺は困ってうつむいた。言いづらいなあ。
『獣と交わるなど、ごめんだと言われたか?』
ラーディンの言葉に、俺はバッと顔を上げた。
『き、聞こえてたんですか?』
『やはりそうか』
ラーディンは肩をすくめた。
『まあ、そんなところだろうな。貴殿の……、アンスフェルムのような考えを持つ人間は少ない。それが貴族ならなおさらだ。ロルフ殿には、了承したと伝えてくれ』
『え、あ、ハイ……』
俺がラーディンの言葉を伝えると、ロルフ様はほっとした様子で去っていった。
宮廷の人間は、想像以上に獣人を嫌っているみたいだ。
そりゃまあ、体は大きくて威圧的だけど、問答無用で斬りかかってくるような戦闘狂ってわけでもないのに。
ふだんは獣の耳も隠れているし、見た目は人間と変わりないんだけどなあ。なにが問題なんだろう。
……いやしかし、考えてみれば俺だって、二回の人生どちらもラーディンに殺されかかってるしな……。
純粋に力だけを比べるなら、人間が獣人に勝てるわけがない。そういった意味でなら、怖いという気持ちはわかる。俺だって、激昂したラーディンと対峙するなんて、二度とごめんだって思うし。
でも、じゃあ獣人を嫌いかって言われたら、それはちょっと違うような気がするけど。
『アンスフェルムは、酒を飲まぬのか?』
ラーディンが俺に、グラスを差し出した。
『ありがとうございます。……が、わたしは酒に弱く、通訳の仕事もあるので、せっかくですがご遠慮させていただきます』
『そうか。この美味い酒を飲めぬとは、可哀そうに』
ラーディンは手を伸ばし、俺の頭を軽く撫でた。まるで子どもにするような扱いだな。たしかに酒を飲めないなんて、獣人の中では子どもくらいしかいないだろうけど。
大広間の正面に設置された演奏台の上に、王宮から招待された歌手が上がって歌を歌いはじめた。金髪のカツラをつけ、舞台化粧をほどこした、まだ若い男性歌手だ。豊かな声量で、大広間いっぱいに歌声が響く。
『すばらしい歌声ですが……、これは、何の歌でしょうか?』
ナシブ伯が申し訳なさそうに、小さく俺に問いかけた。
あー、そうだよなあ。大陸語じゃ、何の歌かもわからないよなあ。
この歌手は王都でたいそう人気があり、アデリナ妃も熱心に劇場に通いつめるほどの実力者だが、せっかくだから西域語の歌を歌えばよかったのに。
しかたなく、俺はささやくようにナシブ伯に歌詞を通訳した。
『あなたの髪は炎のよう。瞳はわたしをとらえ、沈める海。あなたに焼き尽くされ、すべてを奪われたい。あなたに捕らわれ、自由を失ったわたしを、どうか哀れんでください。あなたがいなければ、わたしには昼も夜も訪れない』
ナシブ伯は頬を赤らめ、困ったように俺を見た。
『……その、なんというか、変わった歌ですな』
『愛の歌です。パルダン王国では、こうした歌は人気がありませんか?』
劇場になんか行ったことのない俺でさえ知っている、王都で大流行中の歌劇の歌だ。どのくらい流行ってるかっていうと、王宮の使用人が掃除しながら鼻歌で歌っているくらいだ。
『……愛の歌は、パルダン王国では禁じられている』
耳元でラーディンの声がし、俺は硬直した。
『え』
『みだりがわしいとして、公共の場で歌えば、処罰される』
うっわ! マジで!
『も、申し訳ありません。エルガー王国では、この歌はたいそう人気があって……、あの、お気に障ったのなら、歌はやめさせますが』
『いや。ここはエルガー王国だ。この国ならではの文化を披露してくれたのだろう。……が』
ラーディンは目を細め、俺を見下ろして言った。
『できれば西域語の……、われらの言葉の歌も聴かせてもらいたい』
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