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5.婚約者候補

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『俺……、いや、わたしは、あなた方を獣だなどとは思っていません』
 俺は必死になって言った。
『西域語も、あなた方の文化に興味があったから、独学で習得しました。パルダン王国を訪れる機会があればよいのにと、ずっとそう願っていたのです』
 ラーディンがすっと目を細めた。

『……わが国を訪れたいと? 本気で?』
『もももちろんです!』
 緊張のあまりどもってしまったが、これはウソではない。
 西域の文化や風習は、エルガー王国とは何もかもが違っていて興味を惹かれたし、行ってみたいなあと昔から思っていた。それは、最初の人生から変わらない。
 パルダン王国は閉鎖的だから入ってくる情報も少ないし、できればこの目で見てみたかった。だから最初の人生では、通訳としてパルダン王国行きが決まった時、大喜びしたものだ。

 ていうかもう俺、エルガー王国から出ていきたんだよな。いい加減、アデリナ様に目の敵にされるのも疲れたし、王宮はしきたりだらけで息が詰まるし。

『えと、あの、たしかに残念ながらエルガー王国には、獣人の方々に対して大変失礼な言動をとる者もおります。しかし、それがすべてだとは、どうかお思いにならないで下さい。わたしのように、パルダン王国に親愛の情を持ち、交流をはかりたいと心から願う者もたくさんおります』
『……そのように奇特な者が、どれほどいるかは疑問だが』
 ラーディンは小さくため息をついた。

『だが、たしかに貴殿は』『アンスフェルム』
 俺はラーディンの言葉をさえぎり、言った。
『不敬をお許しください、殿下。私の名は、アンスフェルムと申します』
『知っている』
『どうか名前をお呼びいただけませんか』
 怒るかな、と思ったけど、ラーディンは少し黙った後、
『……アンスフェルム』
 小さな声で、俺の名前を呼んでくれた。

『はい。ありがとうございます、殿下』
 にっこり笑いかけると、ラーディンは戸惑ったように俺を見返した。
 それはさっきの獰猛な顔とはまるで違う、どこか困った子どものような表情だった。

 すると、ふいに後ろから肩をたたかれ、俺は振り返った。
「アンスフェルム殿、通訳を頼めるかな」
「シュテルン伯爵、もちろんです」
 後ろに立っていたのは、シュテルン伯爵とその令嬢だった。シュテルン伯爵令嬢は、一回目のラーディンの伴侶としてパルダン王国に輿入れしている。今回もラーディンの婚約者候補リストに名前が挙がっているのだろう。この歓迎式典で紹介を頼まれるのも毎回同じだ。

 俺はちらっとシュテルン伯爵令嬢に視線を走らせた。
 美しい金髪をきちんと結い上げ、最新流行のドレスに身をつつんでいるが、その顔色は化粧でもごまかせないほど、真っ青だった。

 ……シュテルン伯爵令嬢アンナ様は、別に獣人を見下してはいなかった。ただ、死ぬほど獣人を恐れていただけだ。俺の一回目の人生では、アンナ嬢がパルダン王国へ輿入れしたんだけど、それを知らされた時、アンナ嬢は失神したって聞いたっけ。
 獣人については、宮廷で少々誇張された噂が面白おかしくささやかれているから、それを真に受けているのかもしれない。獣人は人間の赤子を食うとか、気に入らない人間は八つ裂きにするとか。

『ラーディン殿下、こちらシュテルン伯爵とその娘のアンナ嬢です。殿下にぜひ、ご挨拶をと』
『そうか』
 ラーディンは鷹揚に頷き、シュテルン伯爵とアンナ嬢に向き直った。

『シュテルン伯爵、アンナ嬢、エルガー王国のもてなしに感謝する』
 ラーディンが膝を折り、アンナ嬢の手を取った。そのまま、アンナ嬢の手に顔を近づけると、「ひっ」という小さな悲鳴がアンナ嬢の口からもれた。
 いや、ちょっと! 相手がこっちの礼儀にのっとって挨拶してんのに、悲鳴上げるとか失礼だから!

 だけどラーディンは特に怒った様子もなく、アンナ嬢の手を放すと、一歩後ろに下がった。
 シュテルン伯爵も、この場で倒れてしまいそうな娘に気が気じゃないらしく、曖昧な笑みを浮かべてそのまま下がってしまった。

 き、……気まずい。
 さっき「パルダン王国と交流をはかりたい者はたくさんいる」なんて言った矢先にこれとか。ふざけるなって怒られるかもしれない。

 おずおずとラーディンを見上げると、こちらを見ていたらしいラーディンと目が合ってしまった。
『すみません……』
 頭を下げると、不思議そうに問われた。
『何を謝る?』
『いえ、その……、わが国の貴族が失礼な振る舞いを』
『気にしていない』
 ラーディンはあっさり言った。

『あの令嬢は、マシな部類だ。ただ私を怖がっていただけだからな。……中には、われら獣人を人とは認めず、獣と同じだと言う者もいる』
 うぐっと俺は言葉に詰まった。
 ラーディンの言う通りだ。
 言うにことかいて、エルガー王国の正妃、アデリナ様がそう言っちゃったんだもんな……。

『申し訳ありません。パルダン王国の皆さまを歓迎し、楽しんでいただくための式典のはずが』
『気にしていないと言っただろう』
 低い笑い声に、俺は顔を上げた。
 新しいゴブレットを手に、ラーディンが笑っていた。

『少なくとも、この宴では美味い酒を楽しめている。私はそれだけで満足だ』
『はあ……』
 さすが酒豪は言うことが違う。
 感心していると、また新たな貴族がこちらに近づいてくるのが見えた。

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