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3.父上にお願い

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「父上! お願いします、お願い! 一生のお願いです!」
「……頭を上げなさい、アン」
「父上が頷いてくださるまでは上げません! お願いします父上!」

 次の日の朝一番、俺は同じ離宮に住まう先王エアハルト陛下、俺の父親の許を訪れ、恥も外聞もなく土下座して言った。

「お願いします! ラーディン・パルダン殿下の婚約者候補として、なんとか俺をねじ込んでください!」
 俺はふかふかの絨毯に額を擦りつけて懇願した。

 侍従の呆れたような視線が背中に突き刺さるのを感じるが、そんなもん、どうでもいい。自分の命がかかっているのだ。

 昨夜、魔力切れでクラクラする頭を叱咤して必死に考えた結果が、これだった。
 ラーディン・パルダンと婚姻を結び、その伴侶となる。それが一番、俺が生き延びられる可能性が高い!

 二回の人生で、ラーディン・パルダンについて知りえた事実はそれほど多くないが、それでもはっきりしている事が一つだけあった。

 ラーディンは、身内をすごく大事にする。
 ヤシル王は、俺から見てもあまり良い統治者ではなかったし、息子であるラーディンにも優しくなかったのに、ラーディンはヤシル王の下す命令には絶対服従だった。それに、長年領地から上がってきた税金をピンハネし、横領しまくっていた親族にもラーディンは情けをかけ、殺さず幽閉に留めてやっていた。
 極めつけは、エルガー王国の裏切りで戦争状態に突入しても、エルガー王国から迎えた伴侶を殺すことなく、他国へと亡命するのを見逃してやったのだ。

相手は違えど、二回ともラーディンは、エルガー王国から迎えた婚姻相手を殺さなかったのだ。俺のことは執念深く追いかけ回して殺したくせに!
つまり、ラーディンの中では『一族の者は絶対に殺さない』という確固たる信念があるのではなかろうか。
ならば、それを利用しない手はない。生き延びるために、ラーディンと結婚するのだ!

 しかし、ラーディン・パルダンは西域の強国、パルダン王国の王子だ。同盟を結ぶにあたってエルガー王国から婚姻相手を迎えることになったとはいえ、俺のような後ろ盾を持たぬ庶子が、そう簡単にはラーディンの婚約者になどなれない。
 実際、やり直した人生二回でも、ラーディンの婚約者選定は難航した記憶がある。国王派や貴族派から何度も横やりが入り、揉めに揉めた末、一回目は貴族派の伯爵令嬢、二回目は国王派の公爵家次男に決まった。

 ちなみに、エルガー王国を含め、大陸のほとんどの国では同性婚が可能である。貴族や家を継げない次男次女にとって、これは必須の制度だ。

 ラーディンの婚約者が二回とも違っていたという事実、これは裏を返せば、ラーディンの婚約者は固定された『運命』ではない、ということだ。
 二回のやり直しで気づいたことだが、何をどうやっても避けられぬ事象というものが、この世には存在する。おそらく、それを『運命』と呼ぶのだろう。
 そしてこの法則に従って言えば、ラーディンの婚姻相手に『運命』はない。

ならば! 俺がその相手になれる可能性もあるのではないか!? 先王陛下という、俺の持っている唯一にして最強のカードを使えば、なんとかできる! かもしれない!

「なにか、理由があるのだね?」
 土下座する俺に、先王エアハルト様が静かに聞いた。

「ひょっとして、おまえは『時間』の魔術を行使したのか?」
 エアハルト様の言葉に、俺ははっと顔を上げた。
 白髪交じりの金髪をかきあげ、エアハルト様は思案げに言った。
「先日まで、おまえはラーディン殿下にこれといった興味もないようだった。しかるに、今朝いきなりやってきたと思ったら、これだからね」
「その通りにございます! 禁忌に触れるため詳細は語れませんが、これはわたしの命……と共に、王国の未来にも関わる問題なのです! どうか父上……!」
 俺は必死に訴えた。

 『時間』の魔術を行使して時を遡っても、その時に知りえた歴史を歪めるような情報は、他人に伝えることができない。どういう理屈がわからないが、それを口にしても、相手はそれを聞くことができないのだ。

「……ラーディン・パルダン王子か。すでに何人か婚約者候補として名前が挙がっているようだが……」
「そこになんとか、俺……、いや、わたしも加えていただけませんか!?」
「まあ、候補とするだけならさほど難しくはあるまい。問題はその後だ、ふむ……」
 エアハルト様は顎に手をあて、しばし考えてから言った。

「わかった、おまえが『時間』の魔術まで行使したというなら、余程のことだろう。ラーディン王子の婚約者候補の一人として、おまえの名前を付け加えておこう」
「ありがとうございます父上!」

 まずは第一段階クリア。
 俺はほっと安堵の息をついた。
 まあ、本番はこれからなんだけどな!

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