上 下
89 / 98

89.三人の外道と聖女

しおりを挟む
とりあえずゼーゼマン侯爵の応急手当をせねば、と足を踏み出したところ、

「マリア!」

大声で名前を呼ばれ、振り返ると、お兄様が慌てたように中庭に走り込んでくるところだった。

「マリア、無事か!? 何が……」
言いかけて、お兄様は磔状態のゼーゼマン侯爵に気づいた。

「……この、外道が」
低く言い捨てるお兄様に、怒りのオーラが満ちる。

「あ、いえ、お兄様、指輪のおかげで、私はどこも怪我してませんので! まったくの無事、健康体ですので!」
これ以上ゼーゼマン侯爵に何かされたら、冗談ではなく死んでしまう。
私は必死にお兄様にしがみついて言った。

「お兄様、落ち着いて、ね、ねっ! あ、ほら、そう言えばアメデオ! アメデオがいますよ、ほら!」
お兄様の意識をそらそうと、アメデオの名前を出すと、

「……きさま、ゼーゼマン家の手先となり、マリアに何を」
「あああお兄様! アメデオは何もしてません、何も!」
失敗した。
お兄様の怒りが、今度はアメデオに向かってしまった。

「アメデオには謝ってもらいましたし! なんだか事情があるみたいですし!」
「それが何だ」
お兄様の背景に、渦を巻く黒雲と稲光が見える。

「こやつがゼーゼマン侯爵の手引きをしたのであろう。……わたしをおまえから引き離し、おまえを一人にしてゼーゼマン侯爵に襲わせた」
「あのでも、結果的に怪我したのは侯爵のほうで……」
お兄様に睨みつけられ、私は口を閉じた。

「おまえはいつもそうだ。際限なく人を庇い、許そうとする。……が、今回ばかりはそうはいかぬ」
剣の柄に手をかけるお兄様に、私は思わず叫んだ。

「こっ、ここで人を殺したりしたら、結婚式が挙げられません!」

ピタッとお兄様の手が止まった。

「……なに?」
「いや、だって、ここが殺人現場になっちゃったら、警備兵だの何だのが調査に乗りだしますよ! 週末挙式なんてぜったい無理です! そ、それに神殿側もなんか色々言いだしそう! お清めしなければ、とか言って、結婚式がものすごく延期されそうな気がします!」
「………………………」
お兄様は顔をしかめ、実に不本意そうに剣から手を離した。

た、助かった! お兄様が結婚式を急いでて、ほんとーに良かった!

私が大きく息を吐くと、お兄様が私の腰に腕を回し、抱き寄せた。
「本当に怪我はないのか?」
「はい、まったく!」
「そうか、良かった……」
お兄様はきつく私を抱きしめ、私の顔に頬を擦り寄せた。

「……防御魔術が使われたとわかった時は、生きた心地がしなかった。おまえに怪我がなくて、本当に良かった……」
「……あのー、お兄様。あれって防御魔術なんですか?」
顔中にキスの雨を降らせるお兄様をかわしつつ、私は先ほどの一方的な惨劇を思い出していた。
氷の壁が現れた時は、おお!って感じだったけど、その後が……。

「なんか、壁が槍に変化して、侯爵に襲いかかってたんですけど。しかも、闇の魔術で逃げられないよう、拘束してましたし」
「……まあ、多少は攻撃魔術も組み込んである。防戦一方では、不利だからな」
「……………………」

あれが多少ってレベルなんでしょうか……。私としては、逃げる間の時間稼ぎをしてくれれば、それで十分なんですが。

ともあれ、ゼーゼマン侯爵が即死でなくて、本当に良かった。
私はお兄様の腕からなんとか抜け出し、ゼーゼマン侯爵が磔状態になっている木の前に立った。

ゼーゼマン侯爵は、意識が朦朧としているようで、正面に立つ私も認識できない様子だった。
とりあえず止血しなければ、と私はゼーゼマン侯爵に治癒の魔術をかけた。

青い光が、ゼーゼマン侯爵の槍で貫かれた部分に集まるが、パチッと小さな音をたてて、半分くらい弾かれてしまう。

あー、闇の魔術ってこういうところが面倒なんだよなあ。
禁術じゃなくても、他の魔術と組み合わせると治癒を弾いたりするから、ほんと厄介。

しかし、私には祝福の光がある! と、はりきって祈りの形に手を組むと、
「マリア、まさか、こやつを祝福するつもりか?」
お兄様が不服そうに言った。

「この外道は、何の罪もないおまえに、攻撃魔術をかけたのだぞ」
「いや、それは分かってますが、でもこのままじゃ、本当に死んじゃいますから」
お兄様は不満そうな顔で黙り込んだ。
なんか、小さな声で「死ねば全て丸く収まるではないか」って言ってるの、聞こえてるんですけど。
アメデオまで、「えー、治癒しちゃうんですか?」と残念そうにしている。

おまえら……。

どうしてそう、殺してしまってハイ問題解決! みたいな殺伐とした手段を取りたがるんだ。
やっぱり闇属性だから? 闇属性だからなのか!?
私はため息をつき、とにかくゼーゼマン侯爵の応急手当に集中することにしたのだった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

毒花令嬢の逆襲 ~良い子のふりはもうやめました~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:3,124pt お気に入り:3,674

「ありがとう」って言うと死ぬ病気

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:3

孤独なまま異世界転生したら過保護な兄ができた話

BL / 連載中 24h.ポイント:10,231pt お気に入り:4,093

【完結】あなたにすべて差し上げます

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,635pt お気に入り:5,691

入れ替わった花嫁は元団長騎士様の溺愛に溺れまくる

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:134pt お気に入り:44

【本編完結】貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:18,085pt お気に入り:10,299

妹は、かわいいだけで何でも許されると思っています。

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:177pt お気に入り:2,392

【完結】さよなら、大好きだった

恋愛 / 完結 24h.ポイント:234pt お気に入り:1,455

処理中です...