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80.密約の書状

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屋敷に戻ったついでに、街に下りてウェディングドレスの催促をするというお兄様に、私も同行を申し出た。

「どこまで仕上がったのか確認したいですし、私がいたほうが調整も進むでしょう」
「そうか」
お兄様は嬉しそうに笑った。

なんかお兄様、憑き物でも落ちたみたいにスッキリした顔してる。
闇の種子が消えて、悪夢からも解放された訳だし、よかったよかった。

馬車に乗り込み、私は、隣に座るお兄様に言った。
「あの、お兄様、クララ様のことなんですけど」
「クララ? ……ああ、ロッテンマイヤーのことか」

お兄様は、腑に落ちぬような表情で私を見た。
「どうやってロッテンマイヤーの本名を知ったのだ? 王家の自白剤でも使ったのか?」
「そんなことしませんよ! クララ様本人に教えてもらったんです!」
まったくもー、お兄様は、発想がいちいち物騒すぎる!

「本人が? なぜおまえに?」
「なんでって……」
私は少し考え込んだ。

「あのー、私、クララ様の偽名の、ロッテンマイヤーって名前、とても好きだったんです。だから、ステキな名前ですねって、そう褒めたんです。そうしたら、クララ様が気になさったみたいで……、本当の名前ではないのに申し訳ないって、そうおっしゃって」
「………………」
お兄様が、まじまじと私を見た。

「あの、それでですね、クララ様からこれをいただいたんです」
私は、お別れの時にクララからもらった書状をお兄様に渡した。

「それ、なんかゼーゼマン侯爵と隣国との密約の書状だそうです。別れ際にクララ様が、私に下さって」
「……嘘だろう」
お兄様が、唖然とした表情で書状を見た。

「え、ウソでしたか? 偽の書状?」
「いや、書状は本物だ。隣国の第二王子とゼーゼマン侯爵の、サインと印璽がある。……そうではなく」
お兄様が額に手を当て、大きく息を吐いた。

「なぜロッテンマイヤー……、いや、クララがおまえにこれを? おまえに渡したところで、あの女には何の利するところもないはずだ」
「そうなんですよね、私もそう言いました!」

私は、あの時のクララを思い出した。
「でも、クララ様が、こうおっしゃって下さったんです。『あなたになら、利用されてもかまわない』って!」
フフフと笑う私を、お兄様が黙って見つめた。

「お兄様?」

お兄様は私の手を取り、つぶやくように言った。
「……以前、わたしが言ったことを覚えているか? ゼーゼマン家の切り捨てたものが、ゼーゼマン家の破滅の原因になるかもしれぬ、と」

お兄様そんなこと言ってたっけ?

首をひねる私に、お兄様は小さく笑った。
「まさにその通り、ゼーゼマン家の切り捨てた女が、ゼーゼマン家に破滅をもたらす切り札を持っていたというわけだ。よもやおまえが、その切り札を手に入れるとはな。我々が長年、血眼になって探していた密約の証拠を、こうも易々と……、いや」

お兄様は私を見た。
「おまえでなくば、これを手に入れることは叶わなかっただろう。恐らくロッテンマイヤー……、クララは、この書状もろとも死を選ぼうと考えていたのではないか?」
私は驚いてお兄様を見返した。

すごい。
お兄様のカンが冴え渡っている。
もう超能力者と名乗ってしまっていいのでは?

「お兄様、すごいです! クララ様が言ってました、これを持ったまま死んでしまおうと思ってたって! なんでわかるんですか?」
やっぱ闇属性同士、通じ合うものがあるのだろうか。

「簡単なことだ。わたしでもそうするだろうと思ったからだ。ゼーゼマン侯爵に一矢報いるには、それしかない。書状をすり替え、本物とともに死ねば、ゼーゼマン侯爵に打つ手はないからな」
お兄様はため息を吐いた。

「……我々がどんなに探しても、見つからなかったわけだ。ゼーゼマン侯爵家にある書状が、偽物なのはわかっていた。だが、それならどこに本物を隠しているのかと探し回ったが、ゼーゼマン侯爵をどんなに調べても見つからなかった。それもそのはずだ。ゼーゼマン侯爵自身が、騙されていたのだからな。……あの女は、書状を偽物とすり替え、痕跡を消して隠し通したものを、おまえに託したわけか」
あらためて言われると、責任重大すぎて困るんですが。

「おまえはどうするつもりだ、マリア?」
お兄様が、どこか面白がるように言った。

「あの女が、命がけで手に入れた密約の証拠だ。これがあれば、ゼーゼマン侯爵を破滅させられる。……おまえは、どうしたい?」

私はお兄様を見た。
「私がこれを持ってても、かまわないんですか? お兄様、この書状をずっと探されてたんですよね?」
「……ああ」
お兄様がうっすらと笑った。

「ずっと探していた。この証拠でゼーゼマン侯爵を追い詰め、地獄へ堕としてやると、ずっとそう思っていた。……だが」
お兄様は、書状を私の手に戻した。

「わたしではなく、おまえが持っていたほうがいい。あの女も、そう望んだのだろう? それが正しい選択だ。……たぶんな」
「えええ……」
私は困惑し、手にした書状に目を落とした。

たしかに、この書状を王家に渡すのを拒んだのは私だ。
だが正直、この書状の正確な価値すら、私にはわからない。
それなのに、そんな重い責任を負わせられて、正しい判断なんかできるんだろうか。

「あのー、この書状に関して、私がなんか間違った判断をしそうだなって思ったら、事前に止めてくれるとありがたいんですけど」
「わかった」
お兄様はくすりと笑って頷いた。

「……それで? おまえはどうしたいのだ?」

お兄様の言葉に、私は少し考えた。

私のしたいこと。
ゼーゼマン侯爵に、私が望むこと。

「……ゼーゼマン侯爵に、謝ってほしいです」
「……………………」
お兄様が、呆れたように私を見ているのがわかる。
だが、私の心の底からの望みは、それなのだ。

「ロッテンマイヤー……、クララ様や、侯爵が利用した、すべての人に対して、申し訳なかった、悪いことをしたと、謝ってほしいです。法律では、領地やお金を取り上げて、罰を与えることはできるけど、反省させることはできませんよね。ごめんさいって、謝らせることはできないんですよね。だから……」
「……おまえが望むなら、できる限り、協力するつもりだが」
お兄様は肩をすくめた。

「はたしてゼーゼマン侯爵が、頭を下げることができるかどうか。口先だけとしても、自分が見下していた相手に、謝罪することができるものかどうか、はなはだ疑問だな。……が、まあ、おまえらしい答えだ」
お兄様は、どこか満足そうに見えた。
「よろしいのですか?」
「ああ」
お兄様は頷いた。

「その後の処理は、わたしがやろう。おまえの望みが叶うことを願うが、さて、どうなることやら」
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