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75.王子様とデズモンド家の娘
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クララを乗せた馬車が静かに出立するのを、私は手を振って見送った。
あー、クララが行ってしまう……。
クララが隣国で落ち着いた頃、髪に飾る大きな青いリボンを送りたいけど、嫌がられないかな……。
「聖女どの」
隣にいた王子様が、静かに言った。
「その書状は」
「……あ」
忘れてた。
この書状、なんかゼーゼマン侯爵と隣国との密約?か何かだって、クララが言ってたっけ。
私は王子様を見た。
たぶん、王子様なら、この書状をうまく使ってゼーゼマン侯爵を失脚させられるだろう。
私より王子様のほうが、立場的にも効果的な使い方をしてくれるはずだ。
……が。
私は少し、考えた。
クララは、私にこれを預けたのだ。
王子様ではなく、私に。
私は、ささっと書状を折りたたみ、胸元にしまい込んだ。
それを見て、王子様がうっと顔を引き攣らせる。
フフフ、聖女の胸に手を突っ込んで書状を取り出すなんて、一国の王太子殿下として、絶対出来ない行為ですよね?
「これは、彼女が私に下さった、秘密のお手紙ですの。屋敷に戻りましてから、確認させていただきますわ」
「……そうか」
いつも爽やか王子スマイルの王太子殿下だけど、心なしかその笑顔が悔しそうに見える。
はっはっは、王子様と出会って初めて、完全勝利した気がするわー!
ドヤ顔の私を見て、王子様が苦笑した。
「まったく……、こんなにも思い通りにならない人は、初めてだよ」
「さようでございますか。何事にも初めてはございますからね」
私の返事に、王子様が声を上げて笑った。
王子様って、笑い上戸なんだな。
初めて会った時から、いつもずっと笑ってる気がする。
王子様はしばらく笑ってから、私を見た。
「……その書状を、僕に渡してくれるつもりはないのだね」
「これは、クララ様が私に下さった、秘密のお手紙ですから」
顎に手をあて、王子様は何事か思案するような表情で言った。
「あなたが僕を信用していないのはわかっている。だが、僕はそんな悪人じゃない。書状を握りつぶすようなことはしないと約束するよ。決して悪いようにはしない」
「王太子殿下を信用していないなんて、そんなことはありません」
私は真面目に言った。
「王太子殿下を、心から尊敬し、忠誠を誓っております。……ただ、これは、クララ様が私に下さったお手紙で、王太子殿下に差し上げるようなものではないのです」
頑固にくり返す私に、王子様がため息をついた。
「あなたは案外、強情だな」
「私もデズモンド家の娘ですから」
本音を言えば、こんな面倒くさそうな書状はさっさと誰かに渡して、なかったことにしてしまいたい。
王子様の言う通り、この書状を王子様に渡しても、きっと悪用はされないだろう。……が、最後の最後で踏み切れない。
王家には、王家の事情がある。
そして、たいがい、そうした事情は、クララのような弱者を踏みつけにするのだ。
お兄様が生まれた時も。
私の両親が殺害された時も。
そして、クララがゼーゼマン侯爵に利用された時も。
王家は動けなかった。
それは仕方ない。
過去のことだし、今さら言ってもどうしようもない。
でも、今回は違う。
クララがせっかく、私に託してくれたのだ。
王家の事情に振り回され、クララの信頼を踏みにじるような真似は、絶対にしたくない。
「わかった。……残念だよ」
「申し訳ございません。それでは御前を失礼いたします」
私は王子様に頭を下げ、そそくさとその場を後にした。
……のだが、なんか、背中に視線を感じる。
振り返ってふたたび王子様と話したら、説得されてしまいそうな気がする。
私は走る一歩手前の競歩スピードで、その場から逃げ去ったのだった。
あー、クララが行ってしまう……。
クララが隣国で落ち着いた頃、髪に飾る大きな青いリボンを送りたいけど、嫌がられないかな……。
「聖女どの」
隣にいた王子様が、静かに言った。
「その書状は」
「……あ」
忘れてた。
この書状、なんかゼーゼマン侯爵と隣国との密約?か何かだって、クララが言ってたっけ。
私は王子様を見た。
たぶん、王子様なら、この書状をうまく使ってゼーゼマン侯爵を失脚させられるだろう。
私より王子様のほうが、立場的にも効果的な使い方をしてくれるはずだ。
……が。
私は少し、考えた。
クララは、私にこれを預けたのだ。
王子様ではなく、私に。
私は、ささっと書状を折りたたみ、胸元にしまい込んだ。
それを見て、王子様がうっと顔を引き攣らせる。
フフフ、聖女の胸に手を突っ込んで書状を取り出すなんて、一国の王太子殿下として、絶対出来ない行為ですよね?
「これは、彼女が私に下さった、秘密のお手紙ですの。屋敷に戻りましてから、確認させていただきますわ」
「……そうか」
いつも爽やか王子スマイルの王太子殿下だけど、心なしかその笑顔が悔しそうに見える。
はっはっは、王子様と出会って初めて、完全勝利した気がするわー!
ドヤ顔の私を見て、王子様が苦笑した。
「まったく……、こんなにも思い通りにならない人は、初めてだよ」
「さようでございますか。何事にも初めてはございますからね」
私の返事に、王子様が声を上げて笑った。
王子様って、笑い上戸なんだな。
初めて会った時から、いつもずっと笑ってる気がする。
王子様はしばらく笑ってから、私を見た。
「……その書状を、僕に渡してくれるつもりはないのだね」
「これは、クララ様が私に下さった、秘密のお手紙ですから」
顎に手をあて、王子様は何事か思案するような表情で言った。
「あなたが僕を信用していないのはわかっている。だが、僕はそんな悪人じゃない。書状を握りつぶすようなことはしないと約束するよ。決して悪いようにはしない」
「王太子殿下を信用していないなんて、そんなことはありません」
私は真面目に言った。
「王太子殿下を、心から尊敬し、忠誠を誓っております。……ただ、これは、クララ様が私に下さったお手紙で、王太子殿下に差し上げるようなものではないのです」
頑固にくり返す私に、王子様がため息をついた。
「あなたは案外、強情だな」
「私もデズモンド家の娘ですから」
本音を言えば、こんな面倒くさそうな書状はさっさと誰かに渡して、なかったことにしてしまいたい。
王子様の言う通り、この書状を王子様に渡しても、きっと悪用はされないだろう。……が、最後の最後で踏み切れない。
王家には、王家の事情がある。
そして、たいがい、そうした事情は、クララのような弱者を踏みつけにするのだ。
お兄様が生まれた時も。
私の両親が殺害された時も。
そして、クララがゼーゼマン侯爵に利用された時も。
王家は動けなかった。
それは仕方ない。
過去のことだし、今さら言ってもどうしようもない。
でも、今回は違う。
クララがせっかく、私に託してくれたのだ。
王家の事情に振り回され、クララの信頼を踏みにじるような真似は、絶対にしたくない。
「わかった。……残念だよ」
「申し訳ございません。それでは御前を失礼いたします」
私は王子様に頭を下げ、そそくさとその場を後にした。
……のだが、なんか、背中に視線を感じる。
振り返ってふたたび王子様と話したら、説得されてしまいそうな気がする。
私は走る一歩手前の競歩スピードで、その場から逃げ去ったのだった。
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