上 下
64 / 98

64.闇の魔術と祝福の光

しおりを挟む
中央神殿に到着すると、神殿内は騒然となっていた。
祈りの場には大勢の神官達が集まり、何やら激しく言い合っている。
「聖女さま!」

神官の一人が私の姿に気づき、走り寄ってきた。
「おいでいただき、感謝いたします! 先ほど、中央広場に緊急転移で騎士が」
「ええ、伺っております。その騎士様は負傷されているとか」
「は、それが……」

「聖女様!」
紫色の帯をつけた神官長が祈りの場に現れ、さっと神官達が道を開けた。

「聖女様、こちらへ。どうぞ」
神官長に先導され、私は中庭をほとんど走るように突っ切った。
前回はこのまま控室に通されたが、そこを更に通り越し、宝庫近くの奥まった部屋へと私は案内された。

……こ、こんな場所、初めて見る。
前回、聖女鑑定を行った神殿地下にも驚いたけど、神殿ってちょっとダンジョンっぽい。

通された部屋はそれほど広くなかっが、貴人用の部屋なのか、寝台をはじめすべての調度品が豪華だった。
そして、その寝台の上に、全身包帯を巻かれた騎士が横たわっていた。

顔半分近くが包帯で覆われていて、表情は見えなかったが、あの柔らかそうな茶色の髪は、間違いない。
「ラッシュ!」
私は思わず叫ぶように名を呼んだ。

ひどい怪我だ。
全身を切り刻まれたような状態で、無事なところがほとんどない。

「……マリー、さん?」
ラッシュが苦しそうに言い、なんとか上体を起こそうともがいた。

「起きないで、そのまま! いま治癒を」
「いえ、これに治癒術は効きません。これは恐らく、闇の魔術によるものです」
神官長の言葉に、私は驚いて手を止めた。

「……闇の魔術? でも、そんな。フォール地方に、闇の魔術の使い手など」
「砦の……、魔術師が」
ラッシュが苦しそうに言った。

「彼が……、いきなり、砦の騎士を」
言いかけて、傷が痛むのか、ラッシュが呻いた。

闇の魔術による怪我なら、祝福の光が効くはずだ。
私はひざまずき、真剣に祈った。

不安な心を鎮め、ただラッシュの怪我を癒すことだけを願う。

瞬間、強力な神力があふれ、私の全身からまばゆい光がほとばしった。
すべてを圧倒するようなその光の強さに、神官長を含め、部屋にいた神官全員が膝をついた。

「おお……、聖女様」

神官長がうやうやしく私に首を垂れる。

いや、今そういうの、いらないから!

私は寝台に近寄り、ラッシュの状態を確かめようとした。
「ラッシュ、怪我はどう? 痛みは?」
「……これは」

ラッシュは包帯で覆われていないほうの目を、ぱちぱちと瞬きさせ、確かめるように両手を閉じたり開いたりした。
「動く……、痛みもない。これは……」

私を見るラッシュの目に、どこか恐れのような色が浮かんだ。
「聖女さま……」
「痛みはありませんか?」
私はつとめて事務的に聞いた。

ラッシュにまで、神官のように私を恐れ敬う態度を取られたら、けっこう傷つくと思ったが、今はそんなことを言っている場合ではない。

「痛みは……ありません、ええ、大丈夫です。体も動くようです」
ラッシュは上体を起こし、私をしげしげと見つめた。

「聖女さま……、いえ」
ラッシュはにこっと、あの人好きのする笑顔を浮かべて言った。

「マリーさん、ありがとう」

その懐かしい、気安い口調に、私はほっと胸を撫で下した。

良かった。
ラッシュは変わらない。

私のほうこそ、ありがとうだよ、ラッシュ!


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

毒花令嬢の逆襲 ~良い子のふりはもうやめました~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:3,124pt お気に入り:3,674

「ありがとう」って言うと死ぬ病気

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:3

孤独なまま異世界転生したら過保護な兄ができた話

BL / 連載中 24h.ポイント:10,231pt お気に入り:4,093

【完結】あなたにすべて差し上げます

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,635pt お気に入り:5,691

入れ替わった花嫁は元団長騎士様の溺愛に溺れまくる

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:134pt お気に入り:44

【本編完結】貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:18,085pt お気に入り:10,299

妹は、かわいいだけで何でも許されると思っています。

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:177pt お気に入り:2,392

【完結】さよなら、大好きだった

恋愛 / 完結 24h.ポイント:234pt お気に入り:1,455

処理中です...