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25.偽聖女の設定力が強すぎる

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どうしよう。
ラス兄様が優しい。

物心ついた頃から、ラス兄様がもう少し優しかったらなあ、と毎日のように思っていたが、実際そうなってみると、居心地が悪いことこのうえない。

昨日なんか、王宮からデズモンド家の屋敷に戻り、私室で休んでいたら、お兄様がなんかでっかいピンク色の花束を抱えてやってきた。
「……具合はどうだ? マリア」
「具合は問題ありませんが……、それよりお兄様、その花束はなんですか?」
お兄様と花。絵的には似合っているのだが、心情的に似合わない。
やっぱお兄様には、お花よりもあの黒い長剣とか、見るからに不吉な呪いの武器のほうが似合ってると思う。

「……令嬢の気鬱の病には、花を贈るものだと聞いた」
「ああ……」
そうか。お兄様の乏しい社交スキルでも、一応「なんかあったら、とりあえず女性には花を贈っとけ」という基本事項は押さえてたのね。

「ありがとうございます」
強烈な違和感とともに花を受け取った。

うーん。まあ、お花は好きだし、嬉しいっちゃ嬉しいけど……、それよりも、気まずさのほうを強く感じる。
その後も、お兄様は何くれとなく私の状態に気を配り、私の傍にずっと張り付いていた。正直、ありがた迷惑である。

今日も、いよいよ中央神殿で聖女判定を受ける予定なのだが、朝からお兄様が私の傍を離れてくれない。
メイドが強めに言ってくれたから部屋を出てったけど、じゃないと着替えまで手伝うとか言いかねない勢いだった。

あー、朝から気疲れがハンパない。
やっぱりラス兄様は、傍若無人でいてくれないと調子が狂う。

だが、聖女判定を受けるのに、一人で中央神殿に行けるかと言われれば、それはまた別の問題である。

中央神殿から正式に聖女として認定されるかどうかで、この後の道筋がだいぶ変わってくるからだ。

小説の中では、私は勝手に聖女を名乗り、中央神殿の鑑定を避け、逃げ回っていた。そりゃそうだ。偽の聖女だって、自分でわかってたはずだもんね。
最終的に、お兄様に無理やり鑑定を受けさせられ、私は偽の聖女だとバレてしまう。それが中央広場での斬首につながる訳だから、私としてはここ一番の勝負どころと言えるだろう。

もし、聖女ではない、という鑑定結果なら、すみやかにフォール地方に戻ればいい。
えっ、聖女なんて私は言ってませんよ、お兄様とかフォール地方の神官とかがなんか言ってただけですよ、というスタンスを貫かせてもらう。

ただ、問題は……中央神殿も、私を聖女と認定してしまった場合だ。
この場合、どうするのが正解なのか、さっぱりわからない。

もちろん、私が聖女なんてあり得ない話だが、最近、あり得ない事が立て続けに起こっているので、油断はできない。

着替えを済ませた私は、お兄様と一緒に、中央神殿から迎えに寄越された馬車に乗り込んだ。
昨日は王宮、今日は中央神殿と、私の乏しい衣装事情が試される事態が続いている。
お兄様はいいなあ。
騎士団の制服着てれば、たいていのケースは乗り切れるもんね。

それに制服って、それだけでかっこ良さが3割増しになる、魔法の装備アイテムだと思う。
特にお兄様みたいな、もともと美しい人が制服を着ると、見慣れている私ですら惚れ惚れするくらいの効果を発揮する。
ほんと、美人は得だなあ。

隣に座るお兄様をじっと見つめると、お兄様が私の手をぎゅっと握った。
「おまえが心配することは何もない。たとえ神官長でも、おまえに無礼な振る舞いは許さぬ」
やる気に満ちあふれたお兄様に、不安しかない。

許さぬって、どう許さないつもりなんだ。
お兄様の場合、即座に武力に訴えそうで怖い。

なんて言うか、お兄様は頭もいいし、こう見えて公平で優しいところもあるんだけど、肝心なところで話が通じないというか、一度頭に血が上ると人の話を聞いてくれないところがあるんだよね。
今はこうやって私に優しくしてくれてるけど、なにか誤解が生じたりしたら、問答無用で斬りかかってきそうな雰囲気がある。

私は、本当はお兄様が好きだ。
18年も一緒に過ごしてきたんだから、当然、情が移ってしまっている。
いつか殺されるかもしれない、と怯えはしても、お兄様を嫌いにはなれなかった。

だって、お兄様は、本当はとっても優しい人だ。
見た目はいかにも傲慢そうな、貴族オブ貴族という感じの冷たい美貌をしているけど、私やミルに対して、大変わかりにくい愛情表現をしたりする。そしてそれが伝わらないと、拗ねたりするのだ。
不器用で、可愛い人だと思う。こんなこと言ったりしたら、それこそ殺されるかもしれないけど。

私は馬車の窓から外を眺め、ため息をついた。

あー、どうかどうか、聖女と認定されませんように。
どうか、フォール地方で心穏やかに毎日過ごせますように。

心の中で祈ると、一瞬、ふわっと目の前に光の渦が現れたような気がして、私はぎょっとした。

いやいや、ちょっと冗談じゃないから!
こんな時にやめてよ、本当に!

私は慌てて、光を散らすようにしっしっと手で払った。
「……何をしている?」
いぶかしそうにお兄様に問われ、私は引き攣った笑みを浮かべた。

不用意に祈ったりすると、偽聖女設定が発動してしまうとか、ハードモードすぎないか。
ああ神様……いやいや、祈ったりしない、してませんから!
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