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4.前世の記憶

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「マリ姉さまは、どうしてフォールに行ってしまうのですか?」
恐怖の食事の後、ミルは私の部屋へ来てソファでごろごろしていた。
行儀の悪さを叱るべきなのだろうが、あまりに可愛いので叱れない。
部屋にいるメイドも、にこにこしてミルを見ている。

「……さっきも言ったでしょう? フォールには働き口もあるし」
「それなら、別にフォールに行かなくてもいいですよね? 王都なら、フォールよりもっと条件のいい働き先があるのでは?」
ミルの指摘に、私はうぐっと言葉に詰まった。

そうなのである。

貴族の令嬢が、国立魔術学院卒業後、嫁にも行かず宮廷に出仕もしないのは、たしかに異例である。
だが、異例ではあるが、皆無という訳でもない。

宮廷にまったく縁故のない貧乏貴族の令嬢などは、裕福な貴族や豪商の子女の、家庭教師になるという道があるのだ。
実際、同じクラスの友人にも、二、三人、そうした就職をする子がいた。

だが、それと私のケースはまったく別だ。
あくまで上流階級の枠組みの中で働くのと、平民に立ち交じって働くのとでは、天と地ほどの差があるのだ。

クラスの中でも、「なにも平民と一緒に働かなくても……。良かったら、家庭教師の口を紹介するわよ?」とこっそり耳打ちしてくれた子がいたくらいだ。
みな、私がどんくさいが為に、王都で働けそうな口を見つけられなかったのだと憐れんでくれているのだ。優しさがツラい。

だが、私は王都にいるわけにはいかないのだ。

私はため息をつき、ソファに寝そべってこちらを見上げるミルの頭を撫でた。
「いい子ね、ミル。もうお部屋に戻ってお休みなさい」
「マリ姉さま……」
ミルがしょんぼりとソファから降り、私に礼をする。可愛い紳士。私の天使よ。
「お休みなさい、マリ姉さま」

部屋に戻るミルを見送って、私はもう一度ため息をついた。

いっそ、本当のことをぶちまけてしまおうか、と気持ちが揺れるのはこんな時だ。

ミルも、ラス兄様も、なんだかんだ言って私のことを気にかけてくれている。
ていうか、ラス兄様、過保護すぎ。
働きもせず嫁にもいかず、ずっと家にいろとか、貧乏なのにニート推奨してどうする。
まあ、それくらい私のことを心配してるってことなんだろうけど。
だけど……。

さすがに無理だ。
前世で読んだスプラッター小説が、この世界に酷似しているから、その血まみれ破滅エンドから逃れるために王都から離れますなんて言ったら、狂人あつかいされるだろう。
お兄様なんて、それこそ屋敷に閉じ込めようとするかもしれない。

夕食でのラス兄様を思い出し、私は身震いした。
あれは怖かった!
ここ何年かでも、ベストスリーに入る迫力でした! さすが闇の伯爵!

小説の中でも、ラス兄様は「闇の伯爵」と呼ばれてたっけ。
そんで小説ラスト部分では「血まみれの闇伯爵」にレベルアップしてたな……。

小説ではとにかくバンバン人が死ぬんだけど、スプラッター小説だけあって、その死に方がエグいのだ。
特にお兄様が関わると、そのエグさがグレードアップする。

私は遠い目になってソファに寝ころがった。
「お嬢様、はしたないですよ」
メイドが私に注意した。
ミルには何も言わなかったくせに、私には一瞬の躊躇もないのね。
まあミルと私では、可愛らしさに差がありすぎるから、わかる気もするけど。

……お兄様も、そうなのだろうか。
小説の中で、ミルは命を助けられるのだが、私はお兄様の手によって首を刎ねられ、殺されるのだ。
妹を自ら手にかけたことで、お兄様は「血まみれの闇伯爵」と呼ばれるようになる。
小説読んだ時は、あーこの伯爵、いかにも人を殺しそうだしね、そうか妹を殺すか、鬼畜~としか思わなかったけど。
我が身にふりかかる出来事となれば、恐怖しかない。

しかも、お兄様直々にって、なんでよ。なんで伯爵様が、自分の妹をわざわざその手で殺すのよ。
いるでしょ、死刑執行人がちゃんと他に!と、恐怖と理不尽さに泣いたっけ。

ていうか、私だって一応、伯爵令嬢なんだから、せめて服毒死とかさ……。
苦しまずに死ねる、いい薬あるじゃん……。
なにも、お兄様自ら妹の首刎ねなくてもいいじゃん……。

前世の記憶を取り戻してから、私はそんな風にやさぐれた。

小説の中では、私は学院卒業一年後に、お兄様に殺されるのである。
場所は王都の中央広場。
助けてぇ~と涙ながらに懇願する私の背を踏みつけ、お兄様は「あの世で慈悲を乞え」と私の首を一刀両断するのである。

ヒドい!
けど似合ってる!

いま現在、お兄様と私の関係は、おおむね良好だと思う。
バカだのアホだの罵られてはいるが、なんだかんだ言って、お兄様は私を気づかってくれている。

ただ、お兄様は私の首を刎ねたりなんかしない!とは断言できないというか……、事と次第によってはやりそうだよな、と思わせてしまうあたりが、お兄様の普段の言動を物語っているのだ。
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