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9.話し合い
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クレイン様とアンセリニ侯爵は、公邸の図書室にわたしを案内してくれた。
壁一面が本棚になっていて、ソファや脇机、丸テーブルなどが置かれている。ここで調べものをしたり、公邸を訪れた人に書物を貸し出したりすることもあるそうだ。
すすめられてソファの端に座ると、その向かいにクレイン様とアンセリニ侯爵が座った。二人とも脚が驚異的に長い。
「エステルは歴史の授業が好きだったと聞いた。ここには天人族の歴史について記された書物もあるから、興味があれば貸し出そう」
「……それもブレンダから聞いたんですか?」
わたしの言葉に、クレイン様が首をかしげた。
「ブレンダ?」
「わたしの友人です!」
ああ、とクレイン様がうなずいた。
「思い出した。エステルの親友だな。学園の入学式で席が隣同士だったことから仲良くなり、以降ずっと付き合いがあるとか。……よい友に恵まれて何よりだ」
「あ、ありがとうございます」
なんでそんなことまで知ってるんだ、それもストーカーして調べたのか。
言いたいことはいろいろあるのに、慈愛に満ちた微笑みを向けられて、わたしは思わずお礼を言ってしまった。違うそうじゃない!
「クレイン様、ブレンダとお話をされたんですよね」
「ああ。それがどう……」
言いかけ、クレイン様はハッと表情を変えた。
「ち、違うのだ、エステル。誤解しないでくれ! 私はそなたの友達を誘惑したりはしていない!」
「いえ、そんな誤解はしていませんが」
何を心配しているんだ、この王子様は。
しかし、アンセリニ侯爵は首を振って言った。
「クレインはいつも自意識過剰だが、こと女性に関しては、そうとばかりも言えないのだよ。まあ、これは天人族全般に言えることなのだが、われらは非常に人間にモテる。その気がなくとも、ちょっと話をしただけ、なんなら目があっただけで、深く執着されて、追いかけ回されるのが日常茶飯事だからねえ」
「えええ……」
目が合っただけで追いかけ回されるって、そこまでいくと軽くホラーなのでは。
「と……、とにかく、何か知りたいことがあるなら、わたしに直接聞いてください。ブレンダに迷惑をかけてほしくないんです」
あの後、ブレンダとは仲直りしたが、まだちょっとギクシャクしている。こんな訳の分からない理由で、親友を失いたくはない。
「そなたに直接」
「はい」
クレイン様はぱあっと顔を輝かせた。いつも輝いているけど、さらにそれがひどくなり、わたしは眩しさに耐えられずに下を向いた。
「ありがとう。……では、さっそく一つ、聞きたいのだが」
「はい」
「ハーデス男爵家は、エステルが跡を継ぐのだろうか?」
「え?」
思いもかけない質問に、わたしは驚いて顔を上げた。なんでそんなこと聞くんだろう?
「まあ……、そうですね。わたしは一人娘ですから、ハーデス家が取り潰しになるようなことがなければ、わたしが跡を継ぐかと」
だから、家督を継がない次男のサミュエル様との婚約が決まったんだけど……。あー、もう考えない、忘れよう。
忌まわしい過去を振り払おうと、わたしが頭を振っていると、
「そうか……、よかった」
嬉しそうにクレイン様が微笑んだ。アンセリニ侯爵も「ふうん。良かったじゃないか」と面白くなさそうな表情だが、クレイン様を祝福している。いや、なんで。
クレイン様は、微笑みながら言った。
「私は、婿入り希望なのだ。鶴の一族は、基本的に相手の家に嫁ぐのが習わしだから」
「ちょっと待ってください!」
わたしは片手を上げ、クレイン様の言葉を制した。
「な、なんの話ですか。婿入りって……、まさか」
「むろん、ハーデス男爵家に、そなたの婿として入る話だ」
「いや、なんで!」
わたしは思わず叫んだ。
隣国の王子様に不敬だとか、そういうのはもう、空の彼方にブン投げる。
婿入りって! わたしの婿って! いつの間にどうしてそんな話に!?
壁一面が本棚になっていて、ソファや脇机、丸テーブルなどが置かれている。ここで調べものをしたり、公邸を訪れた人に書物を貸し出したりすることもあるそうだ。
すすめられてソファの端に座ると、その向かいにクレイン様とアンセリニ侯爵が座った。二人とも脚が驚異的に長い。
「エステルは歴史の授業が好きだったと聞いた。ここには天人族の歴史について記された書物もあるから、興味があれば貸し出そう」
「……それもブレンダから聞いたんですか?」
わたしの言葉に、クレイン様が首をかしげた。
「ブレンダ?」
「わたしの友人です!」
ああ、とクレイン様がうなずいた。
「思い出した。エステルの親友だな。学園の入学式で席が隣同士だったことから仲良くなり、以降ずっと付き合いがあるとか。……よい友に恵まれて何よりだ」
「あ、ありがとうございます」
なんでそんなことまで知ってるんだ、それもストーカーして調べたのか。
言いたいことはいろいろあるのに、慈愛に満ちた微笑みを向けられて、わたしは思わずお礼を言ってしまった。違うそうじゃない!
「クレイン様、ブレンダとお話をされたんですよね」
「ああ。それがどう……」
言いかけ、クレイン様はハッと表情を変えた。
「ち、違うのだ、エステル。誤解しないでくれ! 私はそなたの友達を誘惑したりはしていない!」
「いえ、そんな誤解はしていませんが」
何を心配しているんだ、この王子様は。
しかし、アンセリニ侯爵は首を振って言った。
「クレインはいつも自意識過剰だが、こと女性に関しては、そうとばかりも言えないのだよ。まあ、これは天人族全般に言えることなのだが、われらは非常に人間にモテる。その気がなくとも、ちょっと話をしただけ、なんなら目があっただけで、深く執着されて、追いかけ回されるのが日常茶飯事だからねえ」
「えええ……」
目が合っただけで追いかけ回されるって、そこまでいくと軽くホラーなのでは。
「と……、とにかく、何か知りたいことがあるなら、わたしに直接聞いてください。ブレンダに迷惑をかけてほしくないんです」
あの後、ブレンダとは仲直りしたが、まだちょっとギクシャクしている。こんな訳の分からない理由で、親友を失いたくはない。
「そなたに直接」
「はい」
クレイン様はぱあっと顔を輝かせた。いつも輝いているけど、さらにそれがひどくなり、わたしは眩しさに耐えられずに下を向いた。
「ありがとう。……では、さっそく一つ、聞きたいのだが」
「はい」
「ハーデス男爵家は、エステルが跡を継ぐのだろうか?」
「え?」
思いもかけない質問に、わたしは驚いて顔を上げた。なんでそんなこと聞くんだろう?
「まあ……、そうですね。わたしは一人娘ですから、ハーデス家が取り潰しになるようなことがなければ、わたしが跡を継ぐかと」
だから、家督を継がない次男のサミュエル様との婚約が決まったんだけど……。あー、もう考えない、忘れよう。
忌まわしい過去を振り払おうと、わたしが頭を振っていると、
「そうか……、よかった」
嬉しそうにクレイン様が微笑んだ。アンセリニ侯爵も「ふうん。良かったじゃないか」と面白くなさそうな表情だが、クレイン様を祝福している。いや、なんで。
クレイン様は、微笑みながら言った。
「私は、婿入り希望なのだ。鶴の一族は、基本的に相手の家に嫁ぐのが習わしだから」
「ちょっと待ってください!」
わたしは片手を上げ、クレイン様の言葉を制した。
「な、なんの話ですか。婿入りって……、まさか」
「むろん、ハーデス男爵家に、そなたの婿として入る話だ」
「いや、なんで!」
わたしは思わず叫んだ。
隣国の王子様に不敬だとか、そういうのはもう、空の彼方にブン投げる。
婿入りって! わたしの婿って! いつの間にどうしてそんな話に!?
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