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72.地下牢での告白

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 塔の内部は真っ暗だった。
 ラインハルトが素早く魔法で炎を出し、ポンポンと周囲に飛ばしてくれた。おかげで視界は明るくなったが、不気味さはかえってアップした。

 洞窟のようにじめっとした壁や床が、まるで人魂のような炎に照らし出され、ホラーな雰囲気を醸し出している。
 エスターの差し出した手につかまり、わたしはびくびくしながら地下牢へ通じる階段を下りていった。
「あの……、この塔って牢として使われてたんですか?」
「ああ」
 ラインハルトが周囲を見回した。

「ここは隣国との国境付近ゆえ、囚人も隣国の工作員などがほとんどだった。この城は国境警備隊の管轄だが、大物が捕まった時などは、私にも知らせが来たな」
 懐かしそうに当時を述懐する殿下。表情とは裏腹に、殺伐とした思い出ですね……。

 地下に着くと、通路を挟んだ両側に、頑丈そうな鉄格子のはめられた牢が並んでいた。
 この城の他の部分は何もかもが破壊され、朽ちかけているのに、ここだけはまるで時が止まったようだ。誰もいない牢にさえ、きちんと鍵がかけられている。

「この奥に牢番の部屋がある。そこに鍵や拷問器具が置いてあるはずだ」
 拷問という言葉に思わずびくりとすると、エスターがわたしを見て言った。
「……では私が鍵を持ってまいります。ユリ様、殿下とこちらでお待ちください」
 エスターの言葉に、わたしはほっとした。拷問器具なんて見たくない。
 しかし、何とも気の滅入る場所だ。もう誰もいない牢屋にかつての囚人たちの怨嗟が染み込み、呪いをまき散らしているような気がする。
 ただの想像にすぎないのだが、わたしは思わず身震いした。

「ユリ? どうかしたか?」
 ラインハルトが不思議そうにわたしを見た。
「先ほどから、あまり元気がないようだな。どこか具合でも」
 言いかけて、ラインハルトは気まずそうな表情になった。

「……その、さっきは怒鳴ってすまなかった」
「えっ」
 わたしは驚いてラインハルトを見た。
 ラインハルトはわたしと目が合うとそっぽを向き、ぼそぼそと言った。

「エスターが言っていたことは事実だ。……私はあまり、外部の人間と接する機会がなかったため、人の……特におまえのような娘の扱い方がわからんのだ。おまえは魔法の訓練でだいぶ厳しく指導しても、泣き言ひとつ言わなかった。そのため、遠慮がなくなってしまったのだと思う。……悪かったな」
「え、ああ、いえいえ」
 わたしは慌てて言った。

「さっきの事は、ラインハルト様の言う通りで、わたしのほうが間違ってたんです。……わたしの魔獣に対する認識には問題があるって、以前にも指摘されていたのに、結局わがままを言ってしまって」
「……私は、おまえの我がままを叶えてやりたい」
 ラインハルトはちらりとわたしを見た。目元がほんのり赤く染まっている。

「おまえの望みをすべて叶え、喜ばせたいと思う。……それなのに、私はいつもおまえを怒らせたり、泣かせたりするばかりだ」
 ラインハルトがため息をついた。
「私には、何かが欠けている。だが、それが何なのかがわからん。……わからんから、私はおまえに選ばれぬのだろう」
「ラインハルト様」
 わたしは驚いてラインハルトを見た。

「ユリ」
 ラインハルトの手がわたしの腰に回り、ぐっと抱き寄せられた。
「教えてくれ。私とエスターと、何が違う? 何が足りぬのだ? どうすればおまえは私のものになる?」
「ラインハルト様」
 ラインハルトはもどかしそうに言った。
「おまえを愛している。……こんな気持ちは生まれて初めてだ。このように誰かを欲しいと思ったことはない。きっと、これが最初で最後だ」

「ごめ、……ごめんなさい」
 わたしは顔を背け、小さく言った。
「ラインハルト様は、素晴らしい方です。ほんとにそう思います。ラインハルト様に足りないところなんてありません。ほんとに、ほんとに……」
「では何故だ」
 ラインハルトの苦しそうな声に、わたしまで苦しくなった。
「わかりません」
 わたしは弱々しく答えた。

 なんでエスターじゃなきゃダメなのかなんて、そんなのわたしだってわからない。誰かを好きな理由を理路整然と語れるほど、わたしの頭は良くないのだ。特にエスターに向ける想いには、色んな感情がからまって、理性の入り込む隙なんてない。
 ただ、

「エスターは……、いつもわたしに優しくしてくれました。初めて会った時から、ずっと……」
 感情が高ぶり、声が震えた。
「さっきも……、わたし、怖かったんです。拷問の道具とか、見たくないってそう思いました。自分から魔女の城へ行くって言ったくせに、わたし、すごい怖がりなんです。エスターはそれに気づいて、それで、わたしを怖がらせないようにって……」
「…………」

「エスターは、すごくわたしに優しくて……、でもわたしは、エスターに何もしてあげられない。呪いだって一時しのぎで、きちんと祓ってあげられないし。異世界の偉大な魔法使いって言われるような、そんなすごい力はわたしにはないんです。わたしなんて、ほんとはエスターに釣り合わないって、い、いつもそう思ってて……。だから、エスターにわたしの世界に一緒に来てなんて、そんなこと、とても言えない」
 言ってる内に、どんどん自分が情けなくなってきた。
「わ、わたし……、それで、だから……、う、うまく言えないんですけど」
 なぜか涙が出てきた。なんでだ。

「……わたし、エスターが好きなんです。釣り合わないし、何もしてあげられないけど、それでもエスターが好きなんです」
 ラインハルトが沈黙し、わたしは鼻をすすった。
 恥ずかしい。なんか頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 その時、カタッと後ろで物音が聞こえた。なんだろうと振り返ると、
「え」
 顔を真っ赤にしたエスターが、そこに立っていた。
「…………」
 わたしとラインハルトは、無言でエスターを見つめた。

 ……ウソでしょ。今の、あの恥ずかしい告白を聞いてたの!?
 ちょっと、記憶を削除してお願い!

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