42 / 88
閑話 禁術の報い(ラインハルト視点)
しおりを挟む「殿下自身のお気持ちは?」
まっすぐに問いかけるエスターに、後ろめたさと同時に苛立ちを感じた。
そうだ、貴族の思惑などのためではない。ただユリに触れたかった。だから口づけたのだ。
だが、そんな事を言えるはずもない。
そもそも当のユリが、私をそうした対象に見ていない。口づけされたというのに、怒りも何も感じていない様子だ。こいつは思っていることがすぐ顔に出るから、よくわかる。
ユリにとって、私はただの子どもなのだ。色恋沙汰など、考えもつかぬ相手。
それでいいはずなのに、ひどく胸が痛かった。
部屋に戻り、明日持っていく荷物の確認をした。
神殿へ行き、その足で魔の森、ハティスに向かう。うまく行けば十日もせずに円に着くはずだ。そして円を起動し、ユリを元の世界へ帰す。二度と会えない異世界へと。
ラインハルトはため息をついた。
古えから異世界召喚は禁術とされてきた。
そもそもこの術は、膨大な魔力を消費する。術に耐えうる魔法使いがなかなかいない上、術自体が非人道的だとして、術式そのものを葬るべきという議論も繰り返しなされているくらいだ。異なる世界から人ひとり、こちらの都合で勝手に呼び出すのだから、魔女の使い魔召喚と何も変わらない。
ルーファスらも召喚には消極的だった。危険すぎるという他に、異世界召喚された人物が、こちらの世界に与える影響を危惧されたのだ。
そこを押して、ユリを召喚した。何としてもエスターの呪いを解きたかったからだ。
だが、やはり召喚は間違いだった。
いま感じている胸の痛みは、禁術を行使した罰なのだろうか。
こともあろうに、異世界から呼び出した魔法使いに、このような想いを抱くことになろうとは。
まっすぐにユリを見つめ、その手を取るエスターが妬ましかった。
エスターのように心を隠すことなく、素直に想いを伝えられたら、どれほど幸せだろう。たとえ応えてもらえなくとも、告げられぬ想いを抱え、苦しむことはない。
だが、自分にそんな権利はないのだ。
自分はユリを異世界から無理やり召喚した人間だ。ユリは被害者のようなものだ。本人が自覚しているかどうかはわからないが。
あと少しで、ユリは元の世界に帰る。
晩餐会の翌日会ったユリは、泣きはらした目をしていた。あの後、エスターと何かあったのだろう。想像はつく。
きっとエスターは、心のままにユリに想いを伝えたに違いない。ユリもエスターの気持ちを知って、迷っている。そうでなければ泣いたりはしない。心揺さぶられ、気持ちが動いたから涙を流したのだ。
「ひどい顔だな」
そう言うと、ユリは憤慨したように言い返してきた。寝不足だ、とわかりやすい嘘をついて。エスターが現れるなり、挙動不審になっているあたり、本当にわかりやすい。
ユリを、美しいと素直に褒めるエスターに苛立った。
私とて、同じように思っている。いつも美しく、可愛らしい娘だと。そう言いたいのに言えない。
もしそう告げたら、ユリはなんと言うだろう。驚くだろうか。まあ、そうだろう。笑い飛ばされるかもしれない。……やっぱり言えない。言うものか。
ユリにつけた侍女、アリーが何か言いたげにラインハルトを見た。
呆れたようにため息をつく姿に、さらにイライラする。
ああ、もう、早くハティスの森に入り、ユリを元の世界に帰してしまいたい。……いや、やはり嫌だ。もう少し、許される間だけでいいから、そばにいたい。
城を出て見上げた空は、いやになるくらい快晴だった。
王城だけでなく、国全体にかけられた火の精霊の強固な守護を感じる。
恩寵であり、呪いでもあるその力を。
1
お気に入りに追加
241
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約破棄された令嬢の父親は最強?
岡暁舟
恋愛
婚約破棄された公爵令嬢マリアの父親であるフレンツェルは世界最強と謳われた兵士だった。そんな彼が、不義理である婚約破棄に激怒して元婚約者である第一王子スミスに復讐する物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】転生令嬢はハッピーエンドを目指します!
かまり
恋愛
〜転生令嬢 2 〜 連載中です!
「私、絶対幸せになる!」
不幸な気持ちで死を迎えた少女ティアは
精霊界へいざなわれ、誰に、何度、転生しても良いと案内人に教えられると
ティアは、自分を愛してくれなかった家族に転生してその意味を知り、
最後に、あの不幸だったティアを幸せにしてあげたいと願って、もう一度ティアの姿へ転生する。
そんなティアを見つけた公子は、自分が幸せにすると強く思うが、その公子には大きな秘密があって…
いろんな事件に巻き込まれながら、愛し愛される喜びを知っていく。そんな幸せな物語。
ちょっと悲しいこともあるけれど、ハッピーエンドを目指してがんばります!
〜転生令嬢 2〜
「転生令嬢は宰相になってハッピーエンドを目指します!」では、
この物語の登場人物の別の物語が現在始動中!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!
鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……!
前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。
正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。
そして、気づけば違う世界に転生!
けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ!
私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……?
前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー!
※第15回恋愛大賞にエントリーしてます!
開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです!
よろしくお願いします!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる