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70.魔女の城
しおりを挟む魔女に奪われた城の周囲には、崩れかけた土塀があった。
戦争で破壊され、そのまま放置されているんだろう。崩れた塀を越え、わたし達は城門へ向かった。城門も壊れたまま、風雨にさらされて半ば朽ちかけている。
もともとこの城は、隣国との国境付近の軍備を固めるために建設されたもので、砦としての意味合いが強いらしい。たしかに王城に比べて装飾性が低く、堅固な造りをしている。城壁には他の場所より傷みの激しい張り出し櫓もあった。魔女を封印した戦争では、ここが最前線だったはずだから、損壊もひどい。
その廃墟のような城を前に、わたしは怖気づいていた。
それはまさしく、呪われた城だった。城壁全体が黒い瘴気で覆われ、見ているだけで陰鬱な気分になる。ぜったい夜には近寄りたくない場所だ。
「ユリ様、こちらへ」
城門を通り、階段を上っていくにつれ、瘴気が濃くなってきた。キリがないので、エスターの先導に従い、歩く場所の瘴気だけをテニスラケットで祓いながら進んでいった。
階段を上りきると、かつては広場として賑わいをみせただろう場所に出た。一面瘴気だまりができていて、中央にある井戸からは絶えず赤黒い瘴気が吹き上がっている。魔女が封印されたことにより、この城では瘴気が魔獣化できないということだが、そうでなければここは魔獣の巣となっていただろう。
「エスター、おまえの探している魔法書は、どこにあるのだ」
「塔の地下に隠されているはずです」
ラインハルトの問いに答えると、エスターは迷うことなく広場の先にある塔へと向かった。
エスターによると、その魔法書は隣国から逃げてきた魔法使いによって、塔の地下牢に隠されたのだという。
だが、塔の地下には魔女も封印されている。
魔女にこの恨みをぶつけてやる! と怒っていたのは確かなのだが、実際、こうもおどろおどろしい場所に来てしまうと怒りも消えるというか、もはや恐怖しかない。
今さら「あ、やっぱ帰ります」とはさすがに言えないので黙ってついてきているが、本音を言えば回れ右して逃げてしまいたい。……ただ、逃げても帰る先がないのだけど。
しかし、エスターもラインハルトも微塵も怯んだ様子はなく、先に進んでいく。
さすが魔女を封印した人は違う、とわたしは改めて彼らと自分のメンタルの違いを実感した。
「ユリ様?」
恐怖のあまり口数の少なくなったわたしの異変に気づいたのか、エスターが心配そうにわたしの顔を覗き込んだ。
「大丈夫ですか? 顔色が悪いようですが」
「この辺りは瘴気が濃い。それにあてられたか?」
二人の気遣いに、わたしは引き攣った笑みを浮かべた。
瘴気のせいで息苦しいといえば息苦しいけど、自分の周囲くらいはちゃちゃっとラケットで祓えるから、問題はない。それよりも、この城全体に漂う禍々しさが恐ろしいのだ。
「だ……、大丈夫です。行きましょう」
だが、ここに留まっても恐怖が増すだけだ。進むしかない。やるしかない! と自分自身に言い聞かせていると、
「ユリ様」
エスターがわたしの手を握り、力づけるように言った。
「ご安心ください、私の命に代えてもあなたをお守りいたします」
いや、それ逆に安心できないから! 命に代えてとか、やめて!
「あの、自分を犠牲にしてわたしを守るとか、そういうのはやめてね、エスター」
繋がれた手を握り返し、必死に訴えると、
「……そうですね」
エスターはわたしを見下ろし、ふふ、と笑った。
「一緒にあなたの世界へ行くためにも、ここで死ぬわけにはいきませんね」
甘く見つめられ、こんな時だというのに胸が高鳴った。
「……ユリがおまえを連れてゆくと、まだ決まったわけではなかろう」
「私の中では決まっております」
「大した自信だな」
「それほどでも」
エスターとラインハルトが何か言い合っているが、わたしは塔の前に現れた魔獣に気づき、硬直した。
「エエスター、ラインハルトも……。ちょっとアレ……、魔獣が……」
「魔獣? この城で新たな魔獣は」
言いかけて、ラインハルトはうっと言葉を飲んだ。
……新たな魔獣は発生しなくとも、元々いた魔獣は退治しない限り、消滅しない。
わたし達は、目の前に現れた魔女の使い魔、巨大な黒猫(ということにしておく)に動きを止めた。
かつて敵対する魔法使いの心を惑わせた、色んな意味で魔性の使い魔。えーと、たしか名前は、
「み、ミーちゃん……?」
わたしの言葉に反応したように、黒猫(と思えばそう見えなくもない)はフシャーッと不機嫌そうな声を上げた。
ミーちゃんはちょうど塔の扉の前に陣取ってるから、地下牢に行くためにはそこをどいてもらわなければならないのだが。
「あの、誰かミーちゃんを説得してくれませんか?」
「無茶言うな!」
ラインハルトが即座に却下した。エスターも困ったような表情をしている。
でも、じゃあどうしたら……。ルーファスのあの話を聞いた後じゃ、とても戦う気になんてなれないんですけど……。
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