73 / 88
69.女子力で負けている
しおりを挟む「ユリ様、お手をどうぞ」
「……あ、はい……」
特に足元が悪いということもない、比較的歩きやすい場なのだが、エスターは有無を言わさずわたしの手を取った。
なんか、エスターが前にも増してスキンシップを求めてくる。
歩いていても、翡翠のように美しい瞳にじっと見つめられてるのを感じるし、手はいわゆる恋人繋ぎだ。……いや、これ……、二人きりでも恥ずかしいのに、人前では……。しかもラインハルトにあんな事言われた後だとちょっと……。
でも、こんな風に一緒にいられるのも後少しだけだと思うと、繋いだ手を離せない。
順調にいけば三日もせずに魔女の城にたどり着く。そこでエスターは、異世界へ渡るための魔法が記された文書を探すだろう。それが見つかったとして、その後は……。
エスターと離れたくない。宝石のように綺麗な瞳も、騎士らしく剣だこのある大きな手も、緩くうねるダークブロンドの髪も、何もかもが好きだ。わたしを甘やかすように優しく名前を呼ぶ声を、もう二度と聞けなくなるなんて、考えただけで胸が痛くなる。
どうしたらいいんだろう。
エスターと一緒に元の世界に帰る魔法が見つかるかどうかすら、まだわからないのだ。そして魔法が見つかったとしても、わたしはエスターの人生を変える責任を負えるのか。
しかも、それら全てをクリアして元の世界に帰るとしても、帰還の魔法を頼む相手はラインハルトになる。
……ああ、もう、頭が痛い!
エスターのことだけでも頭が爆発しそうなのに、ラインハルトまで!
そもそも、エスターを選べないからラインハルトとって、そんなことできるわけないじゃないか!
わたしは、少し前を歩くラインハルトを見た。
世界征服のお誘いをいただいた後、やんわりと「いやー、世界をもらってもどうにもできないんで……」とお断りしようとしたが、
「せめて少しは考えろ。……考えてくれ」
と、いつになく低姿勢で頼んできたうえ、悲しそうな表情で上目遣いという卑怯技まで使ってきたのだ。そんなことされたら、それ以上何も言えなくなってしまうじゃないか。
エスターだけでなくラインハルトまで……。この技は使用禁止にしていただきたい!
わたしの頭の中は混乱状態にあったけど、魔獣との戦いについては特に問題なかった。
魔女の城へと近づくにつれ魔獣の力も強大になったが、エスターは相変わらず絶好調だし、ラインハルトも魔法だけでなく剣も駆使して戦うようになった。
その結果、わたしの役割はほぼ呪いと瘴気の無効化のみという、楽ちん無双状態でサクサク突き進んでいった。戦闘面だけ見れば、最高の状態と言えるだろう。
ヤバい。この調子だと、明日には魔女の城に着いてしまう。
眼前に迫る城に、わたしは焦りを隠せなくなっていた。
いや、お城に着くのは早いほうがいいんだけど。でも、まだ心の整理がついてないというか、どうしたらいいのかわからない。
こんな状態ですべてに決着をつけろと言われても無理だ。自分だけじゃなく、他人の人生までかかっているのに。せめてあと一週間、いや三日だけでも……。
「ユリ様」
ふいに後ろから声をかけられ、わたしはヒイッと飛び上がった。
エスターがスープの入った木の椀を手に、不思議そうな表情でわたしを見ている。
「さめない内にどうぞ」
差し出されたスープを、慌てて受け取った。
いつの間に夕飯の時間に……。ていうか、わたし何もしてない。まあ手伝っても邪魔なだけだろうけど……。
「あの、いつもありがとうございます。……手伝わなくてごめんね」
もしかしたら、今日で最後かもしれないのだ。もっと感謝の言葉を伝えておけばよかった、と後悔しながらわたしは夕飯を噛みしめた。今日も非常に美味しい。具材はツノグマだろうか。臭みもなく、とってもジューシーだ。
おいしい~と笑顔でエスターを見ると、にっこり優しく微笑まれた。
「お気に召していただいてよかった。……よろしければ、ユリ様の世界でも毎日、料理を作ります。召し上がっていただけますか?」
さらりと告げられた内容に、わたしはゴフッとスープを吹き出しかけた。
エスター、日常会話がまるでプロポーズだよ……。
ていうか、あなたの為に毎日手料理つくります、なんて女子力高すぎ。わが身に引き比べると、レベルが違いすぎて何も言えない。こんなわたしで申し訳ありません……。
1
お気に入りに追加
240
あなたにおすすめの小説
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
愛を語れない関係【完結】
迷い人
恋愛
婚約者の魔導師ウィル・グランビルは愛すべき義妹メアリーのために、私ソフィラの全てを奪おうとした。 家族が私のために作ってくれた魔道具まで……。
そして、時が戻った。
だから、もう、何も渡すものか……そう決意した。
忘れられた妻
毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。
セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。
「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」
セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。
「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」
セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。
そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。
三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません
【完結】捨てられ正妃は思い出す。
なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」
そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。
人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。
正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。
人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。
再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。
デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。
確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。
––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––
他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。
前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。
彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる