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69.女子力で負けている

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「ユリ様、お手をどうぞ」
「……あ、はい……」
 特に足元が悪いということもない、比較的歩きやすい場なのだが、エスターは有無を言わさずわたしの手を取った。

 なんか、エスターが前にも増してスキンシップを求めてくる。
 歩いていても、翡翠のように美しい瞳にじっと見つめられてるのを感じるし、手はいわゆる恋人繋ぎだ。……いや、これ……、二人きりでも恥ずかしいのに、人前では……。しかもラインハルトにあんな事言われた後だとちょっと……。

 でも、こんな風に一緒にいられるのも後少しだけだと思うと、繋いだ手を離せない。
 順調にいけば三日もせずに魔女の城にたどり着く。そこでエスターは、異世界へ渡るための魔法が記された文書を探すだろう。それが見つかったとして、その後は……。

 エスターと離れたくない。宝石のように綺麗な瞳も、騎士らしく剣だこのある大きな手も、緩くうねるダークブロンドの髪も、何もかもが好きだ。わたしを甘やかすように優しく名前を呼ぶ声を、もう二度と聞けなくなるなんて、考えただけで胸が痛くなる。

 どうしたらいいんだろう。
 エスターと一緒に元の世界に帰る魔法が見つかるかどうかすら、まだわからないのだ。そして魔法が見つかったとしても、わたしはエスターの人生を変える責任を負えるのか。
 しかも、それら全てをクリアして元の世界に帰るとしても、帰還の魔法を頼む相手はラインハルトになる。

 ……ああ、もう、頭が痛い!
 エスターのことだけでも頭が爆発しそうなのに、ラインハルトまで!
 そもそも、エスターを選べないからラインハルトとって、そんなことできるわけないじゃないか!

 わたしは、少し前を歩くラインハルトを見た。
 世界征服のお誘いをいただいた後、やんわりと「いやー、世界をもらってもどうにもできないんで……」とお断りしようとしたが、
「せめて少しは考えろ。……考えてくれ」
 と、いつになく低姿勢で頼んできたうえ、悲しそうな表情で上目遣いという卑怯技まで使ってきたのだ。そんなことされたら、それ以上何も言えなくなってしまうじゃないか。
 エスターだけでなくラインハルトまで……。この技は使用禁止にしていただきたい!

 わたしの頭の中は混乱状態にあったけど、魔獣との戦いについては特に問題なかった。
 魔女の城へと近づくにつれ魔獣の力も強大になったが、エスターは相変わらず絶好調だし、ラインハルトも魔法だけでなく剣も駆使して戦うようになった。
 その結果、わたしの役割はほぼ呪いと瘴気の無効化のみという、楽ちん無双状態でサクサク突き進んでいった。戦闘面だけ見れば、最高の状態と言えるだろう。

 ヤバい。この調子だと、明日には魔女の城に着いてしまう。

 眼前に迫る城に、わたしは焦りを隠せなくなっていた。

 いや、お城に着くのは早いほうがいいんだけど。でも、まだ心の整理がついてないというか、どうしたらいいのかわからない。
 こんな状態ですべてに決着をつけろと言われても無理だ。自分だけじゃなく、他人の人生までかかっているのに。せめてあと一週間、いや三日だけでも……。

「ユリ様」

 ふいに後ろから声をかけられ、わたしはヒイッと飛び上がった。
 エスターがスープの入った木の椀を手に、不思議そうな表情でわたしを見ている。
「さめない内にどうぞ」
 差し出されたスープを、慌てて受け取った。
 いつの間に夕飯の時間に……。ていうか、わたし何もしてない。まあ手伝っても邪魔なだけだろうけど……。

「あの、いつもありがとうございます。……手伝わなくてごめんね」
 もしかしたら、今日で最後かもしれないのだ。もっと感謝の言葉を伝えておけばよかった、と後悔しながらわたしは夕飯を噛みしめた。今日も非常に美味しい。具材はツノグマだろうか。臭みもなく、とってもジューシーだ。

 おいしい~と笑顔でエスターを見ると、にっこり優しく微笑まれた。
「お気に召していただいてよかった。……よろしければ、ユリ様の世界でも毎日、料理を作ります。召し上がっていただけますか?」
 さらりと告げられた内容に、わたしはゴフッとスープを吹き出しかけた。

 エスター、日常会話がまるでプロポーズだよ……。
 ていうか、あなたの為に毎日手料理つくります、なんて女子力高すぎ。わが身に引き比べると、レベルが違いすぎて何も言えない。こんなわたしで申し訳ありません……。

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