(性的に)呪われた騎士を救えと言われても、テニスラケットしか持ってません!

倉本縞

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58.瘴気の塊

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 エスターに手を引かれ、何となくラインハルトから刺すような視線を感じつつ、しばらく歩いた後だった。
「ユリ様、ここでお待ちください」
 エスターが唐突に立ち止まり、わたしを大きな木の幹へそっと押しやった。

 エスターとラインハルトがさっと杖を構え、わたしの前に立つ。
 ま、魔獣か。ラインハルトの説明だと、正確には魔獣じゃないらしいけど。

 護身術にまったく自信はないが、ないよりはマシだろう、とわたしもベルトを探って短剣を構えた。

 落ち着いて、二人の邪魔をせず、身を守ることだけを考えよう。たぶんそれが最善の道だ。

 ドキドキしながら周囲を見回していると、後ろからスルッと何かに首を撫でられた。
「えっ?」
 振り返ると、黒い靄が樹木にへばりつき、わたしに向かって触手を伸ばしていた。なんか伸びた触手の先から、ドロドロと溶けるように黒い靄が下に垂れている。

 ヒィイイ! 何これキモいぃいいい!!

『炎の刃!』
 すかさずラインハルトの放った魔法が、黒い靄を切りつけた。炎の魔法を受けた黒い靄は、その形を維持することができなくなったのか、ボトボトッと地面に落ち、黒い染みを作った。

「こ、これ……」
「これが瘴気の塊だ」
 ラインハルトが顔をしかめて言った。

「単体ならばさして手こずることはないが、大勢で襲ってこられると厄介だ。復活するのが早くなるからな」
 黒い染みは薄くなり、足元に煙のように漂っている。魔獣を退治した時と同じ、瘴気となった状態だ。このまま放置すれば、また瘴気が凝り固まってさっきみたいなドロドロ触手になるという訳か……、キモい。

 そこから何度か瘴気の塊に遭遇したのだが、特に問題なく(キモいことを除けば)切り抜けられた。しかし、あと少しでユニコーンの園にたどり着く、という時、
「まずい。ユリ、走れ」
 ラインハルトが顔を強張らせて言った。同時に、エスターに強く背中を押される。
「そのまま真っすぐ走ってください!」

「え、なに……」
「早く!」
 エスターの強い声音に、わたしは弾かれたように走り出した。

 今のわたしは足手まといだ。魔法も使えず、瘴気も祓えない。せめて二人の邪魔にならないよう、全力で逃げるしかない。
 後ろで大きな爆発音が響き、熱風が背中を押した。それでも振り返らずに走った。地図の通りなら、後少しでユニコーンの園に着くはずだ。

 走って走って、もう足が動かない、と思った時、ふっ、と空気の流れが変わった。
 鬱蒼と茂る草や陽光をさえぎる樹木が消え、広々とした平原が目の前に現れたのだ。
 ユニコーンの園だ! と思った瞬間、
「ぅあっ!」
 両足を何かに掴まれ、わたしは勢いよく後ろに引っ張られた。

 地面に倒れこんだわたしは、引きずられながら後ろを見た。
 瘴気の塊が、しゅるしゅると触手を伸ばし、わたしの体を拘束しようとしていた。
「ちょ、ちょっと……」

 ヤバい。
 わたしは冷や汗が背を伝うのを感じた。

 触手に引きずられながら、震える手でわたしはベルトの短剣を探った。が、短剣の感触がない。どこだ、と焦っていると、

 ドスッ、と顔のすぐ横の地面に何かが刺さった。

「ウソ」
 それは、わたしが持っていたはずの短剣だった。
 やけに装飾過剰な短剣の柄に、触手の一本が巻きつき、くねくねと蠢いている。

 いつの間に短剣とられたんだ! どうしよう!

 触手が短剣をもてあそぶように振り回す。ひゅん、ひゅん、と周囲の草や蔦を戯れに切り裂き、両足を掴まれて逃げられないわたしを目がけ、短剣が振り下ろされた。

 ウソ! どうしよう!

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