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57.花の蔦
しおりを挟む曙光が射しそめる頃、わたし達は惑いの泉(枯れちゃったけど)を出発した。
木々や草花が魔法でなぎ倒された惑いの泉を離れると、ふたたび樹木が陽光をさえぎり、繁茂する草で足元が見えづらい状況に戻った。
ラインハルトが周囲を見回しながら言った。
「ユニコーンの園は、泉からそう遠くない。ただ、この辺りの魔獣は特殊だから気をつけろ」
わたしは恐る恐る聞いた。
「あのー、特殊っていったいどんな……?」
足がありすぎる虫系と、足がない蛇系以外なら、耐えられると思うんだけど。
「魔獣というより、魔獣に成りきれぬ瘴気の塊だな。ユニコーンには強力な魔力があるが、それがこの辺り一帯に影響を及ぼし、瘴気の魔獣化を阻害しているようだ」
「……それっていいことなのでは?」
魔獣が発生しないなら、その方がいいと思ったのだが、
「そうとも言い切れぬ。魔獣としての姿を持たぬだけで、瘴気の塊も同じように周囲に被害をもたらす。自らの意思を持たず、消滅するまで攻撃をくり返してくる。面倒な相手だ」
ああー、それは確かにめんどくさい。
「ユリ様はいま、魔法が使えません。ユニコーンの園に着くまで、私達がお守りいたします」
エスターの言葉に、ラインハルトが片眉を上げた。
「……おまえが戦えば呪いが発動するぞ。どうやって守るつもりだ」
「魔法を使います」
えっ、とわたしもラインハルトも驚いてエスターを見た。
エスターは、あの金属製の杖を取り出して言った。
「攻撃系の魔法は使えませんが、防御なら何とかなるでしょう」
「……ふん。属性は何だ」
エスターはさっと杖を振った。
『花の蔦』
しゅるっと杖の先から蔦が伸び、近くの木に絡みつく。蔦はあっと言う間に木を覆いつくすと、その先端にピンク色の小さな花をポンポンと咲かせた。
「わー、すごい!」
わたしは蔦に近づき、そこに咲く花を見た。
エスターの家の庭にも、こんな花があったような……。バラの一種だろうか。小さな八重咲の花で、とても可愛い。
花に顔を寄せて和んでいると、ラインハルトが微妙な表情で言った。
「まあ、そうだな……、防御ならいけるだろう。攻撃はできんのか?」
「申し訳ありません、攻撃系の魔法は使えないのです」
「……おまえは本当に変わり種の騎士だな」
ラインハルトが苦笑して言った。
変わり種? どういうことだろう。
エスターを見ると、わたしの表情から言いたいことを察したのか、やわらかく微笑んで答えてくれた。
「騎士でも魔法を使う者がおりますが、その大体が火や氷などの魔法適性を持ち、攻撃魔法を得意としております。……私のように、攻撃魔法を一切使えない騎士は珍しいのです」
そうなのか。そう言えば以前、エスターは「才能がないので魔法使いになるのは諦めた」って言ってたっけ……。魔獣が価値観の基礎にあるこの世界では、騎士なのに攻撃魔法の適性がないって、だいぶ引け目を感じることなのかもしれない。
「……エスターの魔法、素敵だと思いますよ。わたし、すごく好き」
エスターに近づき、こそっと伝えると、エスターはそれこそ花が咲くように微笑んだ。
「ありがとうございます、ユリ様」
そのままじっと見つめられる。恥ずかしくてうつむくと、そっと手を握られた。
「ここは危険ですし、足元も悪いので手を繋いでまいりましょう」
「ハイ……」
なんぞこれ。恥ずかしい、……けど、このままでいたい。ずっと手を繋いでいたい。
イチャイチャするバカップルの気持ちがわかってしまった。
わかる、わかるよ。バカな事してるって自覚はあっても、止められないものなんだね。側にいたいんだね。
ああ、今なら空も飛べそう、とか。そんなこと本気で思ってる。ほんとバカ!
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