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50.惑いの泉
しおりを挟む気まずいまま、次の目標地点である泉に向かったわたし達だが、魔獣との戦いには影響なかった。
というか、三人とも緊張感あふれる連携プレーを成功させた結果、明らかに最短で魔獣を倒すことができたのだ。
「まあ……、悪くない戦いだった」
言いたくないけど仕方ない、という表情でラインハルトが言った。
夕方前に着くことを予想してた泉に、昼前に着いたんだから、まあそうだよね。
到着した泉は、とても美しい場所だった。
小さな淡い水色の花がそこここに咲き乱れ、泉の水は澄みきっている。どこからか小鳥の鳴き声も聞こえ、なんかここだけ別世界だ。
「だいぶ早く泉に着くことができたな。少し早いが、ここで野営の準備をしよう」
「え、もう?」
わたしは少し驚いて言った。まだ昼前なのに。
「……ここは、少し特殊な場でな。明け方、日が差し染める瞬間に出立せねば、ここから離れることができんのだ」
え。なにそのオカルト現象。
「魔獣はここに近寄れん。どういう訳か、この泉には魔獣を寄せつけぬ呪力がある」
「……それは、ありがたいことでは」
わたしの言葉に、ラインハルトは肩をすくめた。
「ある程度はな。泉の水は飲めるし、ここでは結界なしに休憩できる。……が、良いことばかりではない」
ラインハルトが難しい顔になった。
「ここに長居はできぬ。長くても三日だ。それ以上、ここに留まり続けたが最後、永遠にこの泉からは抜け出せなくなる」
ひいい! なにそれホラー?
「昔、確かにあった話だ。……魔獣との戦いに傷ついた騎士が、この泉で体を休めた。すぐには動けぬほどの重傷で、何日かここに留まったそうだ。……で、やっと動けるほどに体も回復し、いざ出発しようとしたら……」
声をひそめるラインハルトに、わたしも固唾を飲んで聞き入った。
「……何度試しても、泉からは離れられなかったそうだ。南へ行こうが北へ行こうが、最後は泉に戻ってきてしまう。騎士を迎えに仲間が探しに来てくれたのだが、結果は同じだった。一緒に泉を発っても、しばらくすると、その騎士の姿だけが忽然と消え失せる。探すと、騎士はいつの間にか泉に戻っていたのだと」
ひー、怖いぃいい!
「騎士は諦め、泉に留まることにした。不思議なことに、ここは一年中花が咲き乱れ、果実も生っているし魚も釣れる。食料に困ることはない。それでも仲間は騎士を心配し、何度か泉を訪ねたのだが……」
ラインハルトは言葉を切り、岸辺の隅を指さした。
「ある時、その辺りに、騎士の鎧やら剣やらが置かれていたそうだ。……おそらく騎士は心を病み、この泉に……」
あああああ、わかりましたからその辺で!
「それ以来、ここは惑いの泉と呼ばれるようになった。人の心を惑わし、狂わせてしまう魔の泉だとな」
…………。そんなところでわざわざ野営するってなんなの。肝試し的な何か?
「あの……、一晩泊まるだけでしたら、これといった問題はありません。結界も必要ありませんし……」
遠慮がちにエスターが口を挟んだ。けど、そういう問題じゃない。
「ここで休んでから魔女の城へ向かうのが、一番効率が良いのだ。……嫌なら進路を変え、円に向かうが」
どうする? とラインハルトに目顔で問われ、わたしはしぶしぶ頷いた。
一晩泊まるだけなら、問題ないみたいだし……、とっても綺麗な場所だし……。でも、この美しさがかえって不気味さを強調しているような気も……。
「ユリ様」
「ぅわあっ!」
不意に後ろから声をかけられ、わたしは思わず飛び上がった。
「も、申し訳ありません」
エスターが驚いたように謝った。いや驚いたのこっちだから!
「び、びっくりするじゃないですか! いきなり後ろに忍び寄るの、止めてください!」
「申し訳ありません……」
エスターがしょんぼり下を向いた。
ちょっと……、そういうの、ズルくないですか……。なんか、理不尽に怒られた大型犬みたいな、悲しそうな雰囲気を漂わせるのやめて! 罪悪感で胸が痛むから!
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