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35.晩餐会

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 晩餐会の出席者は、三十名ほどだった。王家主催の晩餐会としてはかなり小規模らしい。
 広間には大きな円卓が三つあり、ラインハルト、ルーファス、わたしの三人は同じテーブルに案内された。助かった! と思ったのもつかの間、何故かわたしの隣にリオン殿下が着座された。
 最初、誰が誰やらわからず曖昧に笑っていたわたしだが、正面に座るルーファスの言葉で、ようやく事態を理解した。

「おお、リオン殿下、お久しゅうございます。こちらにいらっしゃるとはお珍しい」
「……ルーファスか」
 おぼろげな記憶通り、リオン殿下はとても見事な金髪の持ち主だった。緩やかにうねる髪は背の中ほどまで伸ばされ、ゆるく一つに縛られている。髪紐の色は緑。これは、正妃様の瞳か髪の色なのだろうか。リオン殿下の瞳も緑色だけど。
 リオン様の顔立ちは、鼻筋とかは王様に似ていたけど、もうちょっと何ていうか、線の細い感じがした。穏やかで優しそうな容貌。誰かに似てるなあ、と思ったけど、思い出せない。

「異世界の魔法使い殿」
 リオン殿下に声をかけられ、わたしは思わず背筋を伸ばした。
「は、はい」
「……このたびは、叔父上が迷惑をかけました」
 おっとりと話す王子様。叔父上……、ラインハルトのことか。禁術で召喚されたことなら、それはもちろん迷惑だけど、いま現在あなたのお父様のほうが迷惑なことしてくれてます。とはもちろん言えず、曖昧に微笑んだ私に、リオン殿下はさらに言葉を重ねた。

「陛下のお話ですが、受けていただくわけにはまいりませんか?」

 さらっと言われた。けど……、これは。
 リオン殿下の発言に、広間中がしんと静まりかえった。
 まさか、当のご本人から側室の話を蒸し返されるとは!

「リオン殿下」
 わたしの斜め前に座っているラインハルトが、険のある声を投げかけた。
「ユリには私が求婚しております。お戯れはお控えいただきたい」
 何か言いかけたリオン殿下をさえぎるように、ルーファスも声を上げた。
「おお、ラインハルト様もですか。騎士エスターもユリ様に求婚していると聞き及んでおります。ユリ様におかれましては、どちらの手をお取りになるか、悩ましいところですな」
 ははは、と楽しそうに笑うルーファス。ラインハルトもルーファスも、大した胆力だ。わたしなんて、胃に穴が開きそうなのに。

「ラインハルト様も、さぞ気をもんでおいでのことでしょうな」
 ルーファスがにこやかに言うと、
「まこと、この娘には振り回され通しだ」
 ラインハルトが、妙に実感をこめて頷いた。
「エスターだけでも手に余るというのに、このうえ更に求婚者が増えるなど、とても見過ごせぬ。……もしリオン殿下が、あくまでユリを望むとおっしゃるなら、そうですね、私もエスターも殿下に決闘を申し込むかもしれません」
「叔父上」
 リオン殿下がわずかに青ざめ、ラインハルトを見た。

「私は魔法、エスターは剣で、リオン殿下のお相手をいたしましょう。いつでもかまいませぬ、リオン殿下のご都合のよろしい時に」
 ラインハルトがにやにやしながら言い放った。美少女顔なのに、まごうことなき悪党に見えるのは何故。
 青くなったリオン殿下が黙り込むと、

「そなたも大概だな」

 呆れたような声が後ろからかけられた。
「陛下」
 ルーファスの声に、全員が立ち上がった。

「ああ、よい、そのままで。遅れてすまぬ」
 陛下は鷹揚に周囲に頷きかけ、わたし達が座っている円卓にやってきた。
「陛下、ご機嫌うるわしゅう」
 ラインハルトが悪い笑みを浮かべたまま言った。
「ああ、ラインハルト。あまりリオンをいじめてやるな」
 陛下が苦笑して言った。

「リオンは私の意を受けて動いたに過ぎぬ。そなたとエスター相手では、リオンの命がいくつあっても足りぬだろう」
 王様は笑いながらリオン殿下の隣に腰かけた。
「それとも、それが狙いか、ラインハルト?」
 王様は朗らかな笑みを崩さず、ラインハルトを射抜くように見た。

「我が息子を害し、その座を奪うのがそなたの望みか、ラインハルト」

 凍りついた広間に、ラインハルトの楽しげな笑い声が響いた。
「何条もってそのような。王位が欲しければ、とっくの昔に奪っております」
 ハハハ! と高らかに笑うラインハルト。王様も笑っている、が……、さすがに鈍いわたしでもわかる。二人とも、ぜんぜん目が笑っていない。周囲の人も凍ったままだ。

「……わからぬな。異世界からの召喚者は、みな強大な力を持つと聞いた。禁術を用いてまで呼び寄せておきながら、あっさり元の世界に帰すのは何故だ」
「恋とはままならぬものです」
 ラインハルトがしれっと言った。
「心奪われてしまえば、己の意思などあってなきが如しです、陛下。私もエスターもこの娘を愛し、心狂わされてしまいました。この娘が泣く姿は見たくない。お恥ずかしい限りですが」
「ふん」
 王様が疑わしそうな目でわたしを見た。
 わたしは慌てて下を向き、必死に空気と同化しようとした。

「……異世界の魔法使いよ、そなたの望みを聞こう」
 陛下の言葉に、わたしはハッと頭を上げた。
「我が息子、リオンの側室になる気はないのか、本当に? そなたが望むままに、贅を尽くした生活をさせるぞ。正妃と変わらぬ扱いを保証しよう」
「も、……もったいないお言葉です」
 わたしは緊張のあまり酸欠になりかけながら、必死に言葉をつむいだ。ここで気を失うわけにはいかない。

「ですがわたしは……、わたしは、元の世界に帰りたいのです。両親や友達……、わたしの愛する人達のもとへ帰りたいのです」

 必死に訴えるわたしに、しん、と広間に静寂が落ちた。
「陛下」
 リオン殿下が静かに言った。
「私からもお願い申し上げます。どうぞ異世界の魔法使い殿の望みを、叶えてやっていただきたく」
 わたしは驚いてリオン殿下を見た。ラインハルトもルーファスも、意外そうな表情をしている。

「リオン、そなたまで」
「父上、この娘はその意に反してこちらの世界に連れてこられたと聞きました。帰りたいと望む者を無理に留めおいたところで、その心を得られましょうか。哀れとお思いになりませんか」
「……そなたは甘い」
 王様は苦虫を嚙み潰したような表情になった。ラインハルトに似てると思ってたけど、そういう表情をしてるとほんとにそっくり。瓜二つだ。

「ラインハルトにエスター、ルーファス。それにリオンまで」
 王様はふう、と息を吐いた。
「仕方ない。あまり無理を言って、余計な恨みも買いたくないしな。……わかった、側室の話は取り下げよう」
 やった!
 わたしは、ふう、と息を吐いた。助かった、よかったー!

 しかし、と王様が続けて言った。
「ラインハルトとエスター、どちらかを選ぶつもりはないのか? 聞いたところ、そなたは特にエスターと親しく付き合っておるようだが」
 うぐっとわたしは言葉に詰まった。
「エスターの家にも行ったと聞いた。……エスターは、祖父と暮らしたあの家に、今まで誰も招いたことがないはずだ。だがそなたは何度も招待されたようだな。その髪紐も、エスター自身がわざわざ店に赴き、選んだ品だとか」
 わたしは真っ赤になった顔を見られないよう、うつむいた。

 誰も招いたことないとか、知らなかった。いやでも、あれは護身術の訓練のためだし。髪紐は、これは……。
「陛下」
 ぐるぐる考え込んでいると、ルーファスの穏やかな声が聞こえた。
「こうしたことは、当人同士に任せましょう。外野がうるさく言っても、こればかりはどうにもなりませんからな。ラインハルト殿下もおっしゃったではありませんか。恋とは意のままにならぬもの、と」
「ふん」
 王様は不満そうに鼻を鳴らしたけど、反論しようとはしなかった。

「わかった、これ以上の手出しはせぬ。元の世界に戻りたいというなら、それを尊重しよう。……が、異世界の魔法使いよ、ラインハルトにエスター、どちらを選ぶにしても、私はそなたを歓迎するぞ。王族としての生活を約束しよう」

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