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30.制御できない

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「ラインハルト様! 黙って頭下げてればいいって言ったじゃないですか! なのに晩餐会って……、側室って、どういうことですか!?」
「私に聞くな!」

 謁見を終えたわたしは、半泣き状態でラインハルトに詰め寄った。
 ラインハルト、エスター、わたしの三人はいったんラインハルトの私室に戻り、変更された今後の予定について話し合うことになったのだが、わたしは混乱の極みにいた。
 ラインハルトも混乱している様子だったが、それに配慮する余裕などない。

「……兄上の申し出は、私にも予想外だった。おまえの存在は、兄上は既に把握済みだ。その上で何の動きもなかったということは、つまり見て見ぬふりをされていたということだ。なぜ今になってこのような……」
「リオン殿下の側室に、というお話ですが、これは何としても阻止せねばなりません」
 険しい表情でエスターが言う。

「あの、リオン殿下って誰なんですか」
 質問すると、二人が勢いよくわたしを見た。
 いやだって、わたし異世界人ですから。皆さんの常識は通用しませんから。

「……そう言えばおまえは、我が国について無知であったな」
「ユリ様は異世界から召喚されたのです。ご存じなくて当然です」
 エスターが庇うように言ってくれたが、ラインハルトは、ふう、と疲れたようにため息をついた。

「リオン殿下は……、私の甥だ。ここロージャ国の王太子であり、次期国王として陛下を補佐されている」
「……ひょっとして、王様の後ろにいた方ですか?」
「そうだ」
 よく覚えていないけど、なんか金髪の人がいたような。

「なんでその方の側室に……っていうか、たぶんリオン殿下にはもう正妃様がいらっしゃるんですよね?」
「一昨年、隣国の王女アデリナ様を娶られている」
「そんなとこにわたしをねじ込まれても困るんですけど!」
 わたしはほとんど悲鳴のように言った。

 いやほんと無理。異世界で顔もよく知らない王子様の側室にされるとか、地獄だ。

「わかっている」
 ラインハルトは仏頂面で言った。
「私とて、おまえを王家に迎えるのはごめんだ」
 理由はともかく利害は一致した! 共に戦おう同志よ!

「いざとなれば、ハティスの森に入ってしまえばよいのです」
 エスターが真顔で言った。
「ハティスの森に入れば、いかな陛下と言えど手出しはできません」
「その代わり城へは戻れんぞ」
 ラインハルトは難しい顔で言ったが、
「かまいません。ユリ様を元の世界にお帰しできればよいのですから」

 いや、わたしはいいけど、エスター達はマズいことになるのでは。陛下の命を無視してわたしを元の世界に帰らせました!なんてことになったら、なんらかの罰を受けるんじゃないか。

 わたしは希望的観測を述べてみた。
「王様は、わたしの意見をきく、とおっしゃって下さったから、晩餐会で元の世界に帰りたいって話せば、きっと……」
「わかっていただければよいのだが」
 ラインハルト、頭痛がするのか額を押さえている。
「ともかく、陛下直々にお誘いいただいたのだ。晩餐会には出席せねばならん」
「……わたし、マナーとかわかりませんよ」
「なにか言われたら、これが異世界のマナーだと言い返せ」
 乱暴だけど、実際そうするしかないな、うん。

「……ユリ様、今すぐにでもハティスの森へ参られますか? お供いたしますが」
「おいエスター」
 ラインハルトが咎めるように言ったが、エスターはわたしをじっと見つめた。

「あなたは、こちらの世界の都合で無理やり召喚されてしまいました。この上、あなたの意思を無視して婚姻を強要するなど、あってはならぬことです」

 エスターがいつも通り、正論を口にした。
 その通りなんだけど、わたしは何故かイラっとした。

「じゃ、じゃあ……、なんでエスターは、わたしに、その……、あんな事言ったんですか」
 エスターは虚をつかれたようにわたしを見た。

「わたしはもうすぐ、元の世界に帰っちゃうのに。なんであんなこと」
「ユリ様」
「もう会えなくなるのに、あんな事言うなんて。わたしがどう思うかなんて、どうでも良かったんですか」
「ユリ様……」
 エスターが悲しそうにわたしを見た。
 ズキリと胸が痛んだけど、言葉を止められずにわたしは言った。

「エスターは勝手です!」

 違う。エスターほど他人を気遣う人はいない。エスターが勝手なら、わたしを含め全人類が天上天下唯我独尊野郎だ。
 でも、この時は心の中がぐちゃぐちゃで、自分で自分をコントロールできなかった。
 ひどい事を言っているとわかっているのに、言葉を止められなかった。

 わたし、どうしちゃったんだろう。
 自分で自分がわからない。
 なんでこんな八つ当たりみたいなこと、エスターに言っちゃうんだろう?

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