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21.エスターの魔法
しおりを挟む「だいぶお疲れのようですね」
エスターがわたしを見て言った。
「慣れない動きをしたからだと思います。型はだいたい覚えたので、次からは大丈夫! ……じゃないかと」
ふふ、とエスターがやわらかく笑った。
「この杖、返しますね。ありがとうございました」
綺麗な魔法の杖をエスターに返すと、
「いえ……これは、よろしければユリ様に差し上げます」
遠慮がちに言われ、わたしはえっと驚いた。
「あのでも、これはエスターの杖ですよね? 魔法を使うための……」
「騎士となってから、長く使っておりません。たぶんもう、使うこともないでしょうから」
わたしは不思議に思ってエスターを見た。
「なんでですか? せっかく魔法が使えるのに、もったいない」
わたしの言葉に、エスターが小さく吹き出した。
「もったいない、ですか」
くすくす笑いながら、エスターはわたしの言葉をくり返した。
「私が使えるのは……、意味のない、役に立たぬ魔法ばかりです。昔は魔法使いになりたいと思っておりましたが、才能がなく諦めました」
「えっ!?」
生まれた時から騎士でした、と言われても納得してしまうようなエスターが、実は魔法使いに憧れていたとは。
でも気持ちはわかる。剣より魔法の杖のほうがいいよね、やっぱり。
「ちなみに、どんな魔法を使えるんですか?」
わたしがワクワクした目でエスターを見ると、エスターは小さく笑い、杖を手に立ち上がった。四阿の端に立ち、空に向かってふわりと杖を振る。
『花の雨』
エスターが唱えると、一瞬の後、空からひらひらとピンク色の花びらが降ってきた。
「えっ……、え!?」
わたしは思わず立ち上がり、四阿の前の芝生に走り出た。
見上げる空から、ひらひらと、紙吹雪のように花びらが舞い落ちる。
「わあ……!」
わたしは両手で花びらを受け止め、四阿にいるエスターを振り返った。
「すごい、エスター、すごいです! こんな素敵な魔法が使えたんですね!」
エスターは杖を構えたまま、びっくりしたようにわたしを見ていた。
この魔法、こっちの世界ではあんまりウケが良くないんだろうか。でも、わたしにとっては、今まで見た中で一番素敵な魔法だ。空から花びらが降ってくるなんて、なんというメルヘンマジック。素晴らしいです!
ひとしきり花吹雪を満喫してから、わたしは四阿に戻った。
「エスター、この魔法、すごいですよ。なんかお花のいい香りもするし、見た人みんな喜ぶんじゃないですか?」
「……祖父は、喜んでくれましたが……」
エスターはぎこちなく視線をそらし、椅子に座り直した。照れているのか、頬が赤い。
「しかし、このような魔法では魔獣から身を守ることも、ましてや倒すこともできません。意味のない魔法ですから……」
魔獣が評価の基本になってるところに、価値観の違いを感じる。こちらの世界ではしょうがないことなのかな。
「こっちの世界ではそうかもしれないですけど、わたしの世界ではめちゃくちゃ喜ばれると思いますよ。特に女性に」
「そうなのですか?」
不思議そうにエスターがわたしを見た。
「ええ、間違いないです! わたしの世界でこんな魔法使ったら、エスター、女性にモテモテですよ!」
まあ魔法を使わなくてもモテるだろうけど。
わたしが力説すると、エスターは顔を赤くしたまま視線をさまよわせた。
アリーの話だと、こちらの世界でもエスターは女性に人気があるけど、特に親しく付き合っている人はいないということだった。褒められ慣れてないのかもしれない。こんなに見た目も性格も素晴らしいのに、もったいない。
エスターは自己評価が低すぎるような……。もっと自信を持っていいと思うんだけど。
わたしは、ふとラインハルトを思い出した。
まあ、あそこまでエラそうなのもどうかという気がする。二人を足して割れば、ちょうどいいのにな。
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