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20.護身術
しおりを挟むエスターの屋敷の裏庭には、小さな四阿があった。四阿の周囲にはぐるりと芝生が植えられ、屋敷の前庭と違って花はなかった。
「生前の祖父は、ここに評判の吟遊詩人や踊り子などを招き、親しい友人たちとその技芸を楽しんでおりました」
おお、エスターのお祖父さん、粋人だったんですね! 冒険者のように洞窟を探検するバイタリティもあるし、カッコよくて面白い人だったんだろうなあ。
そういった目的のために整えられたせいで、見晴らしもいいし足場も安定している。
護身術の訓練の場としては十分だろう。
エスターが選んでくれた短剣を順番に使用し、一番手に馴染むものを最終的に使用することになった。わたしはまず最初に、他に比べると少し小さめの、使い込まれた短剣を手に取った。
「それは、私が子どもの頃使っていたものです」
エスターが懐かしそうに言った。
「その短剣で、祖父と一緒に森に入って薬草などを採取しました。……大きさはちょうど良いようですね。では始めますか」
エスターはまず、構えから教えてくれた。
短剣を胸元に引き寄せるようにして水平に持ち、切っ先を相手に向ける。
腰を落とし、重心を低く保つ。上下左右、素早く動けるように膝をやわらかく使う。
「とてもいいですよ。では、少し動いてみましょう」
エスターが型のお手本を見せ、その通りにわたしも動……いてるつもりなんだけど、これがけっこう難しい。エスターは軽々と動いてるけど、これ、バランス取りづらいし、刃物を持ってると思うと右手に余計な力が入ってしまう。
何度かくり返してから、エスターが提案した。
「短剣を持ったままだと、力が入ってしまうようですね。とりあえず今は、型の動きを覚えることが先ですので、剣ではなく何か別のものを持って試してみましょう」
エスターは一度屋敷内に戻り、小さな棒のようなものを手に戻ってきた。
「これは……?」
「これも昔、私が使っていたものです。魔法用の、金属製の杖です」
魔法の杖!
わたしは驚いてエスターを見た。
エスター、魔法が使えたんだ。
杖は金属製と言ってたけど、先端は青、持ち手は銀の綺麗なグラデーションできらきら輝いている。こんな金属、初めて見た。
「綺麗な杖ですね!」
なんか素敵な魔法が使えそう。うきうきして渡された杖を振っていたら、くすっとエスターが笑った。
「……お気に召していただいて、何よりです」
なにを浮かれてるんだ、と笑われてしまったのだろうか……。
いやだって、魔法のない世界で生きてきた人間が、こんな綺麗な魔法の杖を手にしたら、少しくらいテンション上がっても仕方ないと思うのですが。
杖のおかげかはわからないけど、その後、型を幾通りか覚える練習はなんとか上手くいった。
大して動いた訳でもないのに、慣れない動きをしたせいかひどく疲れてしまった。
「少し休憩しましょうか」
エスターに言われた時は、もう限界でわたしは地面に座り込んでしまった。
疲れた。元の世界ではテニスサークルに入ってるから運動は割としてるほうだと思うけど、普段と違う筋肉を使うと、こんなにも疲れるものなんだな。
「ユリ様、大丈夫ですか? こちらに座ってお休みください。いま何か、飲み物を持ってきましょう」
エスターは四阿の椅子にわたしを座らせてくれた。
「あ、飲み物とかお菓子とか、アリーがわたしの荷物に詰めてくれました」
「わかりました、持ってまいります」
颯爽と走っていくエスター。ぜんぜん疲れてなさそうだ。基礎体力の違いを感じる。
しばらくして、エスターがわたしの荷物を背負い、手には木の器や皿を載せたトレイを持って現れた。
「荷物を開けてみてもよろしいですか?」
わたしに確認し、てきぱきとお茶の準備をするエスター。エスターも優秀な侍女になれそうだ。
「どうぞ、ユリ様」
木の器に注がれたノズリ茶を飲むと、ほっとため息がもれた。
あー、疲れた……。魔法の訓練より、護身術のほうがキツいかもしれない。
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