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16.魔獣の悲鳴
しおりを挟むぴょんぴょんと飛び跳ね、近づいてくる黒い兎の集団。いや、兎ではなく魔獣ツノウサギ。額に一本、大きな角がある以外は普通の兎と同じ見た目だ。
可愛い……、モフモフしたい……、けどこれ、魔獣なんだよね。
たしかにあの大きな角で思いっきり突かれたら、けっこう酷い怪我をしそうだ。
わたしはテニスラケットを握り、ふうっと息を吐いた。盾、と考えるとイメージが湧きづらいので、もうちょっと大きめに壁をイメージして集中する。
『風の盾』
軽くラケットを振ると、フッと目の前の空気が揺れる。
ラケットから風が噴き出した。『龍』の時のように、風が生き物のように縦横無尽に動き回ったりはしない。循環する空気の層がわたしの前にあり、異物を跳ね飛ばしている感じ。
すると、こちらに突進してきたツノウサギが、見えない壁にぶつかったようにころんと転がった。
可愛い。可愛いけど、モフモフする訳にはいかない。あれは魔獣。
ツノウサギは、どうにか盾を突破しようと、何度も突進してきては、ころころと転がっている。めちゃくちゃ可愛い。盾を壊そうとしているのか、ていっていっと後ろ足で蹴りを入れるツノウサギもいる……、可愛い……。
「よし、そのまま盾を維持しろ」
いつの間に来たのか、ラインハルトとルーファスが側に立っていた。
「ユリ様、『盾』の魔法を習得されたようですな。おめでとうございます」
ルーファスの言葉に、ほっと力が抜けた。
「ありがとうございます」
その時だった。
ラインハルトがローブから杖を取り出し、無造作にツノウサギに構えて言った。
『風の刃』
ひゅん、と風がツノウサギの体を切り裂いた。
ラインハルトの魔法は、かまいたちのように次々とツノウサギを切りつけ、殺していく。
キューッとツノウサギが悲鳴を上げた。足元に飛んできた血しぶきを、わたしは呆然と眺めた。
……え、なにこれ。え、えっ? ちょっと……、え、待って。
「よし、全部始末できたな。ユリ、瘴気を祓えるか?」
満足げなラインハルトの言葉に、わたしはハッと我に返った。
気づくとツノウサギの死骸も血も消え、周囲にはモヤモヤとした黒い空気がただよっているだけだ。
「…………」
わたしは無言で、ぱたぱたとラケットでその黒い靄を叩いた。
すると、チリリッと小さな火花とともに、その黒い空気は消えてしまった。
「おお! エスター殿の言った通りですな! ユリ様は瘴気を消滅させることがお出来になるようです!」
「ふむ、にわかには信じられんが、実際に魔獣の気配も消えているようだな……」
二人は興奮を隠せないように、弾んだ声で話しあっている。
わたしは何とも言えない気持ちになり、うつむいた。
いや……、うん、あれは魔獣だし。殺さないと、ハティスの森に行けないし、元の世界に帰れないし。
外見モフモフの可愛い兎さんであったとしても、あれは魔獣。魔獣。魔獣……。
「……ユリ様? どうかなさいましたか?」
不思議そうにこちらを見るルーファスとラインハルトに、わたしは慌てて「なんでもありません」と答えた。
自分からハティスの森に行きたいって言って、訓練を受けることにしたんじゃないか。魔獣を殺すたびにいちいち落ち込んでたら、先に進めない。考えたり泣いたりするのは後だ、後。
わたしは、最後に聞いたツノウサギの悲鳴を忘れるように頭を振った。
キューッて鳴いてた……。
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