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6.実地訓練
しおりを挟む『水の龍!』
掛け声とともに、ブン、と振ったラケットから、勢いよく水が噴き出した。
「うわ! ちょ、ちょっと、これ……」
わたしが慌ててラケットを下げても、凄まじい勢いで水があふれ、止まらない。
「おお、素晴らしい、ユリ様!」
のんきにパチパチ拍手するルーファスに、わたしはあせって言った。
「いやあの、これ、どうやって止めれば……」
水は王宮の庭をえぐる勢いでラケットから迸りつづけている。このままだと人工池ができてしまうんじゃないか。
「ユリ様、呪具から手を放してみては?」
背後からかけられた声に、わたしは振り返った。
白いシャツに黒いズボン、革のロングブーツというラフな格好をしたエスターが、使い込まれた長剣を腰に吊るし、立っていた。
エスターに言われた通り慌ててラケットから手を放すと、フッと水が止まった。
「よかった、止まった! ありがとうございます、エスター!」
「いえ……」
ほっとしてお礼を言うと、エスターははにかむように笑い、こちらに近づいてきた。
「魔法の訓練ですか?」
エスターの問いかけに、指南役のルーファスがにこにこしながら答えた。
「ええ、ユリ様は膨大な魔力を有しておられますので、少しお教えしただけで、先ほどのように威力あふれる魔法を使いこなしておいでです!」
ルーファスが嬉しそうに言ったが、エスターは複雑な表情をしている。
うん、まあ、たしかに魔法は使えるようになった。けど、ラケット振らないとダメなんだよね……。 杖も試してみたけど、ラケットじゃないとダメだった。何故に?
ルーファスに聞くと、
「そうですねえ、ユリ様の魔力を引き出すのに、一番適していたのがその呪具だったのではないでしょうか? 異世界の物質で作られ、ユリ様の力ともよく馴染んでいるようですし」
うーん、たしかに使い慣れてるっちゃ使い慣れてるけど、魔法使いの定番スタイル、杖を振って魔法発動!っていうのをやってみたかったから、ちょっと残念だなー。
軽くラケットを振っていると、エスターがじっと見ているのに気づいた。
「持ってみます?」
気になるのかな? と思ってラケットを差し出すと、エスターが驚いたような表情になった。
「よろしいのですか?」
どうぞどうぞ、とラケットを渡すと、エスターはそっとラケットを手に取った。
「不思議な形をした呪具ですね……」
恐る恐るラケットを手にするエスターに、わたしはちょっと笑いたいような、申し訳ないような気持ちになった。
気品あふれる騎士様が、まるで伝説の宝剣ででもあるかのように恭しく、量産品テニスラケットを手にしている。すみません、そのラケット、初心者用のセール品なんです……。
「この糸は、とても強く、それでいて弾力がありますね……。ユリ様の魔力を通し、増幅させる働きをしているようです。こうして持っているだけで、ユリ様の魔力を感じます」
「え、そうですか?」
わたしは何も感じないんですが。
「ユリ様は、水魔法を習得されたのですか?」
「はい!」
わたしではなくルーファスが、胸を張って答えた。
「ざっと確認させていただきましたが、ユリ様には火、水、風の魔力適性がおありのようです。基本魔法の『龍』を習得されましたので、火、風でも同じ『龍』ならお使いになれるかと」
「そうですか……」
わたしが最初に教えてもらったのは、防御に良し攻撃に良しの魔法、『龍』だった。
水の奔流をイメージして呪具(わたしの場合はテニスラケット)に力を込め、呪文とともに呪具を振る。水が呪具から放たれれば、『水の龍』成功だ。
うん、まあ、これも十分、魔法っぽいけど。
でも何ていうか、こういうのじゃなくて、もっとこう……、空を飛ぶとかお花を咲かせるとか、もっと何ていうか、メルヘンマジックな感じを期待してたから、ちょっと残念……。
エスターはわたしにラケットを返し、言った。
「それでは一度、王都の結界の外に出てみますか?」
「え」
「ハティスの森へ入る前に、一度、魔獣との戦いがどんなものか、見ていただくほうがよろしいでしょう」
「そ、そうですね」
いや、うん、魔法の訓練をしたいと言ったのはわたしなんだけど、いざ実戦となると、ちょっとドキドキする。
エスターも、わたしがハティスの森へ行くことに反対してたみたいなのに、何故にいきなり実戦をすすめてくるんだ。ハティスの森にある円にたどり着くためには、やっぱり同行不可欠って結論になったんだろうか?
「ユリ様」
気づくと、真剣な表情をしたエスターにじっと見つめられていた。
「ご安心ください、ユリ様。何があっても、必ずユリ様をお守りいたします」
エスターのきれいな緑色の瞳に見つめられ、わたしはちょっとドキドキした。
あなたをお守りします、なんて、現実世界では警備会社くらいからしか聞かないセリフだろうなー。でもここでは現実的に、命の危険があるってことなんだ。
でもまあ、エスターも守ると言ってくれてることだし。
ちょっと不安だけど、魔獣がどんなものか見てみないと、何もわからない。
とりあえず、何でもやってみるのがわたしのモットー。腹を決めよう、うん。
「はい、よろしくお願いします、わたしも頑張ります!」
頑張って、それで駄目だったら、まあ……その時考えよう!
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