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1.会話はアレだが断じてSMではない

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「ユリ様、私をぶって下さい!」

 波打つダークブロンドの髪をひるがえし、美しい緑の瞳をした騎士が、真剣な眼差しでわたしに懇願する。

 もう慣れたけど、やっぱりツラい。
 見た目完璧なイケメン騎士に「ぶって下さい」と言われるとか……。
 職業SMの女王様でも何でもない、フツーの女子大生にこのセリフ、キッツいわー。

 しかし、そんな泣き言を言っている場合ではない。
 イケメン騎士の前には、オオカミのような魔獣が何頭もいる。どっから湧いて出たんだと不思議に思うが、魔の森と呼ばれるここでは、特に珍しいことでもないらしい。さすが異世界。ファンタジーだ。

 そう、ここは異世界。
 わたしは一ヵ月ほど前、この剣と魔法の異世界へ召喚された。

 今わたしの目の前で、ばったばったと魔獣をなぎ倒している騎士、エスターの呪いを解くため、こちらの世界へ呼びよせられたのだ。

「おい、ユリ、早めに呪いを祓っておけ。放置すると、後でエラい目に遭うぞ」
 尊大な声で命令され、わたしは顔をしかめた。
 振り返ると、肩までの黒髪に大きな赤い瞳をした愛らしい少年が、腰に手をあててふんぞり返っている。この国の王弟、ラインハルト・ロージャ様。美少女にしか見えない可愛らしい容姿だが、いつも無駄に偉そうだ。
 まあ、王族なんだから、実際偉いんだろうけど。

「あのですね、簡単におっしゃいますけど、こういうのはタイミングってもんが……」
「お二人とも、お下がりください!」
 わたしの言葉をさえぎってエスターが叫んだ。
 エスターはわたし達を背に庇い、木の陰から現れた新たな魔獣に剣を一閃させた。
 魔獣から血しぶきが飛び、断末魔の声が上がる。

 お、おう……。
 今日もまた一段とグロい。
 わたしは両手で持っているテニスラケットのグリップをぎゅっと握り直し、エスターを見た。

 まだ大丈夫っぽいけど、背中のあたりにモヤモヤっとしたピンク色の靄のようなものが見え始めている。
 まだ魔獣は残っているし、今のうちにやっとかないとラインハルトの言う通り、後でエラいことになるだろう。

 わたしはエスターに叫んだ。

「エスター、ぶつよ! 動かないで!」

 ハッとしたようにエスターが足を止め、わたしを見る。
 わたしはぐっと腰を落とし、体を回転させるようにしながら、手にしたテニスラケットでエスターの背中をスパーン! と力強く打った。

 パチパチッと金色の火花が散り、ピンク色の靄が消えうせる。
「ユリ様! ありがとうございます!」
 エスターが輝く笑顔でお礼を言い、大きく剣を振りかぶる。
 そのまま、一振りで魔獣をまとめて薙ぎ払うエスターに、わたしは震える息を吐いた。
 相変わらずの怪力っぷりだ。オオカミみたいな魔獣は犬というよりロバくらいの大きさなのに、軽々と一振りで吹っ飛ばしている。

 それにしても、なんか……、「ぶって下さい」、「ぶつよ」、「ありがとうございます」って……、会話だけを抜き出してみると、なんかなんか……。

「あいつ、絶好調だな。私が手伝うまでもない」
 呆れたような声でラインハルトが言った。
「おまえにぶたれると、エスターはやる気が出るみたいだな」
「ちょっと、その言い方!」
 わたしはラインハルトを睨みつけた。
 まったくもー、恥ずかしさをこらえて頑張ってるというのに、なんという言い草だ。

「事実だろ。エスターはおまえにぶたれなきゃ、戦えないんだから」
「だから言い方!」
 わたしは真っ赤になって叫んだ。

 理不尽だ。
 自分の意思に反して異世界に連れて来られた挙げ句、こんな恥ずかしい思いに耐えねばならないなんて。

 わたしは、凄まじい勢いで魔獣を屠る騎士エスターを見ながら、深いため息をついたのだった。


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