上 下
14 / 25

昼休み≠休憩

しおりを挟む




 初デートがなんとか成功した、その翌日。



 俺は若干前向きな気持ちになっていた。

 晴海とは上手くやっていけそうだし、これならば初恋卒業も夢ではないかもしれないと。

 ……そう思っていたんだが。

「高峯ぇ? どういうことか、説明してもらおうか?」

 俺を包囲する男子達の威迫に、顔を引きつらせる。

 奴らは嫉妬と懐疑、それにほんの少しの好奇心が入り混じった目で、俺を睨め付けていた。

「お前、昨日放課後に晴海さんをデートに誘ってたよな? あれはどういう事だ?」
「D組の奴らが話してたぜ? ショッピングモールで一緒にいたらしいじゃねえか」

 昨日の教室で、俺達のやりとりを見ていた木村と太田がぐっと詰め寄ってくる。

 残る面子もあの場にこそいなかったものの、俺に疑わしげな目を向けてきた。



 案の定というか、登校した時点で昨日のことはかなり広まっていたらしい。

 例の二人組だけでなく、多くの同級生が利用するモールでのデートは目撃されまくっていた。

 入学以来、難攻不落で有名だった晴海の交際発覚は瞬く間に学年中を駆け抜け、おかげで晴海は朝から鯉の餌状態。

 俺もこの有様だ。

「で? どうなんだよ?」

 再度、詰問するように木村達がにじり寄ってくる。

 全員が多かれ少なかれ晴海に好意や憧れを抱いているようで、向けられる目線はキツい。

「どうって、お前も見てただろ。俺が晴海をデートに誘って、あいつは受けてくれた。だからモールで遊んでたってだけだ」

 もう関係を隠さないと決めたので、堂々と事実を述べる。

 すると、てっきり俺が誤魔化すとでも思っていたのか、木村達が動揺したようにたじろいだ。



「じゃ、じゃあ何か? お前は晴海さんと付き合ってるのか?」
「ああ、そうだよ。少し前に恋人になった」

 無意識に教室の中にいる小百合に聞かれまいとしたのか、自分でも声を落としてそう答える。

 すると、木村達はまるで雷に打たれたように驚愕の表情で仰け反った。

「くそっ、まさか本当だったなんてっ」
「信じたくなかったが……」
「てか、今でも信じられねえよ」
「高峯、一応聞くけど冗談とかじゃないんだよな?」
「少なくとも、見栄を張ったりはしてねえよ」

 至極冷静にそう答えると、木村達は悩ましげに唸り声を漏らした。

「マジかぁ……よりによって高峯とか、ジョーカーすぎるわ」
「〝晴海に絶対惚れなさそうランキング1位〟だったこいつが、なんで……」
「ぐぬぬ、俺達の憧れの花が……」
「腹を下すべし、高峯」
「あぁ、なんかそんなこと話してたっけ。それと後藤、地味に効きそうな恨み節はやめれ」
「ていうか、宮内さんはどうしたわけ? 最近、あんま絡んでないじゃん」
「そうそう。知ってそうなヒロに聞いてもはぐらかすしさ、なんかあったん?」

 そう聞かれて、ちらりと小百合の方を見る。

 いつもと変わらない様子でいるあいつは、もう俺のことを気にしていないように見えた。

「……まあ、色々とな」
「ほーん……」

 値踏みするようなクラスメイト達の目線に、ヒヤッと肝が冷える。
 
 上手く取り繕えていただろうか。昨日より、少しだけでもマシになってりゃいいけど。



 内心緊張していると、「まあ、それはともかく」と木村達が話題を戻す。

「あー、ちっきしょー。やりきれねえわー」
「同感だ」
「高峯、下痢になるべし」
「だからやめろって」
「だって、どんなイケメンや部活のエースでもお断りだった晴海さんが付き合ってるってことは、かなりマジってことだろ? なんて羨ま恨めしい」

 かなりマジ、か。

 本気でこの交際に臨んでるって意味では間違いじゃないな。ただ流石に三日じゃ好きにはなってないが。



 それにしてもこの状況からどうやって脱しようかと考えていた時、後ろから誰かに肩を叩かれた。

「たーかみね。話は終わった?」
「あ、晴海」
「は、晴海さん!?」

 振り返れば、俺の左斜め後ろに晴海が立っている。

 腰の後ろに回した手の中に弁当箱を携えて、彼女は俺を取り囲む木村達を見た。

「ごめんねー。今日はあたしが高峯を予約しててさ。ちょっと貸してくれない?」
「俺はレンタルカーか?」
「あ、ああ、勿論」

 少し緊張した様子で頷く木村達に、晴海はにこやかにお礼を言った。

 それから俺に、こっそりウインクしてくる。どうやら頃合いを見て助けにきてくれたようだ。

「じゃあ、俺はもういくぞ」
「お、おう」
「またねー」

 席を立つと、晴海と二人でその場を離れる。

「助かった。あのままだと飯も食えなかったわ」
「ナイスアシストっしょ」
「まあ、そうだな。晴海にも苦労かけて悪い」
「昨日のデートは楽しかったから、このくらいは余裕余裕♪」

 相変わらず陽気で優しい晴海に俺も笑いつつ、申し訳なく思う。

 色々と考えた結果の行動ではあったが、それであまり迷惑をかけたくはない。どうにかならないものか。



「そういえば……例のものは?」
「バッチリ準備してきたよ」 
「おお……」
 
 人生初、彼女の手作り弁当……! 

「高峯、授業中めっちゃ集中してるから、お腹空いてるでしょ?」
「え? 見てたのか?」

 勉強してる時はそれ以外に意識がいかないから、気づかなかった。

「まあね。これは真剣に頑張ってるご褒美をあげなくちゃな~」
 
 手の中に持っていた弁当箱を強調するように見せつけられ、ごくっと唾を飲み込むと、晴海がばつの悪そうな顔をする。

「あとさ、ごめん。二人で食べられればよかったんだけど、うちのグループの子達が話したいって譲らなくて。一緒でいい?」
「え? 本当か?」

 ごめんね、と言う彼女に、俺は教室の一角を見る。

 いつも彼女達が陣取っている場所には、晴海とよく絡んでいる三人の女子がおり、目が合うと手を振ってきた。

「嫌なら、なんとか断るけど」

 遠慮がちに、隣から晴海が聞いてくる。



 俺はふと教室の中を一瞥して、クラスメイト達の様子を見た。

 さっきの四人を含めて、何人かの向けてくる探るような目。

 ……反応が怖いが、ここで断っても角が立ちそうだしなぁ。

「いや、大丈夫だ」
「そ? じゃあ、あっちでお願い」
「わかった」

 片手に水筒一つ持って、晴海のグループの方へと歩き出す。



「おー、来た来た。噂の高峯だ」

 近づいて、まず最初にかけられた言葉はそんなものだった。

 艶のある長髪のインナーに暗い紫を入れた、モデル系の美人が切れ長の目で俺を興味深そうに見る。

「お待たせ~。やっと連れてこられたよ」
「めっちゃ囲まれてたじゃん。あれだ、シメンソバってやつ?」
「それを言うなら、四面楚歌じゃない?」

 ギャル的な印象の強い、晴海とは別の意味で派手な一人が言えば、小柄で可愛い感じのもう一人が訂正した。



 全員が晴海に負けないほどの超美人。

 同じ教室にいても滅多に会話することのなかった女子達を前に、緊張する。

「それじゃ、改めて紹介するね。今あたしが付き合ってる、高峯だよ」
「ご紹介に預かった、高峯聡人だ。あー、よろしく?」
「私は真里まり。よろしく」
光瑠ひかる。よろ~」
「ウチ大耶ダイヤ。よろし~」

 モデル美人が真里さん、ギャルが光瑠さん、小柄なのが大耶さん、か。ひとまず歓迎してくれるみたいだ。

 晴海は彼女達の中心、壁際の席に座る。俺も近くの空いている席を使った。

「ねえ、陽奈と付き合ってるってマジ?」
「まあな」
「へ~、びっくり。てっきり宮内さんと付き合ってんのかと思ってた」
「ね~。予想を裏切られたよね~」

 ド直球だな、おい!

 最初から火の玉ストレートを投げられて、俺は口元が引きつるのをどうにか堪える。

「い、いや。小百合とは元から付き合ってはいない」
「ふーん。え、じゃあ高校上がってから陽奈が初めての彼女?」
「そう、なるな」

 高校どころか、人生初彼女だけど。

 そんなことを考えていると、バシッと強く肩を叩かれた。

「やるじゃん、高峯。陽奈を選ぶなんていい目してるね」
「ど、どうも?」
「宮内も顔は可愛いけど、女子力高い陽奈の方が断然いいっしょ」

 付け加えられた真里さんの言葉に、小さな不快感が湧き上がる。



 いや、落ち着けよ俺。こいつらは小百合のことをよく知らないから、友達の晴海を贔屓しているんだ。
 
 人前ではほとんど見せないだけで、小百合も可愛らしいところや、女子力だってある。

「はいはい、そこらへんにしといて」
「あ、陽奈がオコだ」
「ちぇ~、ここまでか」
「え~、もっと色々聞きたい~」
 
 そんな俺の内心を見透かしたようなタイミングで、晴海が声を上げてくれた。渋々と三人が引き下がっていく。

 彼女を見ると、ごめんねと口パクで謝られたことで頭が冷え、こっちも申し訳なくなった。



 この程度のことで目くじらを立ててたら、いつまでたっても克服できないか。

 自分を戒める気持ちでいると、目の前に巾着袋入りの弁当箱が差し出された。

「はいこれ、約束のお弁当」
「お、おお。ありがと」
「あっ、陽奈の手作り弁当じゃん! いいな~、陽奈のご飯美味しいんだよね~」
「そうなのか?」
「うん、いつも自分で作ってる」

 テンション高めの声を上げた大耶さんが、俺の手の中の弁当を見て目を輝かせていた。



 期待が膨らみ、机の上に弁当を置いて紐解くと……

「おおっ、なんだこれ?」
「カオマンガイ、ってわかる? タイ料理なんだけど」
「へえ。名前は聞いたことある」

 弁当箱一杯に詰まっていたのは、ご飯の上に鶏肉が乗った、卵なしの親子丼みたいなもの。

 周りにはブロッコリーやレタス、人参にカットされたトマトと、色とりどりの野菜で彩られている。 

 料理には詳しくない俺だが、晴海の腕がいいということはわかった。

「いただきます」
「はーい、召し上がれ」

 今まで食べたことのない料理に心が躍り、早速合掌した。

 箸を手に取り、一口分切り分けると意を決して頬張る。

「お味はどう?」
「美味い! 初めて食ったけど、けっこう好きなやつだ」

 心に浮かんだままに声をあげた。

 いやマジで美味いなこれ。今まで食べたことがなかったのを後悔するレベルだわ。

 下品にならないよう、しかし夢中になって弁当を堪能する。

「はぁ~、世の中にはこんな料理もあるんだなぁ。感動だよ」
「えへへ。良かった」

 半分くらい食べたところでそんなことを言うと、晴海は少し照れくさそうに毛先をいじりながら笑った。

 ……可愛い。

「あ、高峯。ご飯粒ほっぺについてる」
「え、マジか。どこらへん?」
「んーと、ここ」

 彼女が指先で自分の白い頬を示した。がっつかないようにしてたんだが、恥ずかしいな。

 俺はそれに従って米粒を取ろうとするが、上手く見つけられない。

「むっ、どこだこれ」
「平気? 鏡貸そっか?」
「もー、しょうがないなぁ」

 突然、自分の弁当を食べていた晴海が箸を置いた。



 彼女は立ち上がると、こちら近づいてきて俺の顔へと手を伸ばす。

 柔らかい感触が頬に触れて、直後に細い指先が離れていくと米粒を取られていた。
 
「そんなに美味しかった?」

 呆気に取られている俺の前で、くすっと悪戯げに笑った晴海は米粒を口に入れた。

 指先を舐める舌が妙に艶かしく、先ほどとは違う意味で唾を飲み込む。

「ヒュー、大胆」
「うわー、ラブラブだ~」
「こら、二人とも茶化さない」

 当然、目の前で見てい三人からニヤニヤとした笑みが向けられた。

 しかも、ギッと周囲の男達からの目線が湿度を増す。

 ……振り向きたくねー。

「いっそ、あーんとかしちゃえば?」
「そうだ、見せろ見せろ~」
「高峯、どうせなら昨日みたいにやっちゃう?」
「や、やらん」
「えっ、何それもっと詳しく」

 ひとまず俺は、晴海達と話すことで周囲の目線をカットした。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

どうして隣の家で僕の妻が喘いでいるんですか?

ヘロディア
恋愛
壁が薄いマンションに住んでいる主人公と妻。彼らは新婚で、ヤりたいこともできない状態にあった。 しかし、隣の家から喘ぎ声が聞こえてきて、自分たちが我慢せずともよいのではと思い始め、実行に移そうとする。 しかし、何故か隣の家からは妻の喘ぎ声が聞こえてきて…

甘い誘惑

さつらぎ結雛
恋愛
幼馴染だった3人がある日突然イケナイ関係に… どんどん深まっていく。 こんなにも身近に甘い罠があったなんて あの日まで思いもしなかった。 3人の関係にライバルも続出。 どんどん甘い誘惑の罠にハマっていく胡桃。 一体この罠から抜け出せる事は出来るのか。 ※だいぶ性描写、R18、R15要素入ります。 自己責任でお願い致します。

【ショートショート】おやすみ

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。 声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

これ以上ヤったら●っちゃう!

ヘロディア
恋愛
彼氏が変態である主人公。 いつも自分の部屋に呼んで戯れていたが、とうとう彼の部屋に呼ばれてしまい…

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...